2019.02.06
LIFE STYLE

40歳で小休止したヒロミが、120%でなく80%の自分を受け入れるまで

当記事は、「東洋経済ONLINE」の提供記事です。元記事はこちらから。

”小休止”した経験があるヒロミさんが語るその必要性とは?
”小休止”した経験があるヒロミさんが語るその必要性とは?(写真提供:SBクリエイティブ)

2018年はジャニーズの滝沢秀明さんの芸能活動引退が、2019年の幕開けは嵐の活動休止が大きなニュースになっている。かつて「8時だJ」の司会者として10代の滝沢さん、二宮和也さん、相葉雅紀さん、松本潤さん、櫻井翔さんらと共演してきたタレント・ヒロミさんは、40代の約10年、テレビの世界を離れジム経営を行った、「小休止」の先輩だ。
先日『小休止のすすめ』をサイバーエージェント社長の藤田晋さんと共著で執筆したヒロミさんに、小休止した日々を通じて培った人生観について語っていただいた。

若いうちは生き急ぐ。そして失敗する

人生は何が起こるかわからない。この使い古された言い回しを、僕は53歳になった今、実感を込めて使うことができる。

1986年に21歳でデビット伊東、ミスターちんと3人でB21スペシャルを結成して以来、約20年、タレント・ヒロミとして芸能界の一線でやってきた。

ビートたけしさん、堺正章さんをはじめ、先輩や目上の人を「おじさん」と呼び、「チャン付け」で接し、タメ口をたたく。そんな生意気な芸風が時代に受け入れられ、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンが引っ張ったお笑いブームに乗っかり、B21スペシャルはほとんど下積みなく、レギュラー番組を持つようになった。

当時の番組写真を見ると、サングラスをかけて番組のMCをやっている自分の姿がある。調子に乗ったとがったスタイルがウケて、30歳になる頃には最高月収が6000万円のタレント兼事務所社長になっていた。

八王子出身のヤンキーの兄ちゃんが芸能界で成功し、その後、トップアイドルと結婚までした。いい気になっていたかどうかで言えば、確実にいい気になっていたと思う。実際、デビューしてから約20年、40歳くらいまでテレビのレギュラー番組がなくなったこともなく、テレビ欄から名前が消えることもなかった。

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空気の変化を感じたのは40歳を迎える直前のこと。プロデューサーやディレクターから「ヒロミさん、もうちょっと丸くなれない?」と言われることが増えていった。僕は世間から、スポンサーから、「タレント・ヒロミ」が求められなくなっていることを強く感じた。

何か不祥事を起こしたわけではない。しかし、潮が引くように出演番組が終わっていく。正直、薬物事件や暴行事件を起こしたわけでもないのに、ここで一気に? と自分でも不思議に思ったし、どこか笑える部分すらあった。

それでもしがみつき、テレビの仕事を続ける選択肢もあっただろう。ただ、その先に待っていたのは、支えてくれた番組スタッフからの「ヒロミさん、つまらないから芸能界に席はないです」という最後通牒だったとも思う。僕は、求められていない感の中であがいてしがみつくよりも、自分の意志で線を引くことを選んだ。「タレント・ヒロミ」を小休止させよう、と。

これは誰にも相談せずに決めた。「俺、時代に合わなくなってきた」と感じたからだ。

おじさんと呼ばれる年齢になっての、初めての大きな挫折だった。若いうちに売れず苦労して挫折感を味わいまくる人、50歳でリストラされて途方に暮れる人。挫折と向き合うタイミングが違うだけで、誰もが一度は「きついな」という局面に対処しなくちゃいけなくなる。人生はそういうふうにできているのだと思う。

落ちぶれた自分を認める

今までどおりにはいかないかもしれない。そんな予兆を感じ取ったとき、多くの人はどうするだろう? 気のせいだと考えて、その場に踏みとどまることもできる。何かが起きると受け止めて、小休止に入り、対策を練ることもできる。

40歳を目前にして予兆を感じ取ったとき、僕は幸運にも後者を選択した。その結果、約10年、テレビの世界から離れることになった。

ただ、僕らの仕事は出なくなった途端に「あの人は今?」的な扱いを受けるようになる。毎日のようにテレビで顔を見た人がいなくなる=「落ちぶれた」と思われるわけだ。

本人が楽しく本気で遊んでいても、「仕事がないから遊んでいる」「気を紛らわせるために遊んでいる」と見られ、ジムの経営を始めると「芸能界の仕事がなくなったからだ」と言われる。これは正直、おもしろくない。

しかも、芸能界から離れた先輩たちの中には、そうやって周りから「落ちぶれた」目線で見られているうちに、本人も落ちぶれた感を漂わせるようになってしまった人もいた。たまにくるテレビの仕事にしがみつき、「いい番組がなくて」「自分に合う企画がなくて」と誰ともなく言い訳しつつ、小さなプライドを守り、次のステップを踏み出すことなく落ちぶれた感のなかに埋まっていってしまう。

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この展開だけは避けたかった。だから、僕は落ちぶれた感だけは出さないようにしようと決めていた。それは自分のため、家族のため、ジムのスタッフやトレーナーのためでもある。芸能界からはじき出されて、急に遊び始めたわけでもない。仕方なくジムを始めたわけでもない。しがみついてまでやりたくないからテレビから離れ、遊びたいから遊び、ジムをやってみたかったからやっているのだ。

でもこういうときは、両手を上げて、「はい。たしかに1つの世界で必要とされなくなりました。負けました」と、実績もプライドもぽいっと捨てられるよう自分と対話するのが、小休止に入ったときにするべきことなのかもしれない。

それから約10年、2014年あたりからまた急に風向きが変わり始めた。タレント・ヒロミが求められるようになったのだ。長い小休止の間、心のどこかで「また俺みたいなキャラクターを求めてくれる人が現れることもあるのかな」とは考えていた。しかし、本当にそうなるとは思っていなかった。始まりはある番組で、ママ(松本伊代)のことを話すワンコーナーだった。そこから4年で状況はがらりと変わった。

正直、自分でも「なんで急に?」という気持ちが抜けない。50歳になって再ブレイクなんて言われる日がくるとは夢にも思っていなかった。

変わったことといえば、小休止の時間を経て力の抜きどころが見極められるようになったことだろう。実際、戻ってきてから旧知のスタッフや先輩から「最近、力抜けていいよね」と言ってもらえる。ブランクがあったおかげで、「8割の力加減で、周りを生かすとうまくいく」と気づけたのだ。

力の抜きどころを見極める

小休止前の僕は生き急いでいた。全力を出す自分をモノサシにして、周囲の人たちを測っては勝手に「ぬるい」と苛立っていたのだ。

なぜ、生き急いでいたかと言えば、その理由は18歳で起こした交通事故にある。緊急手術を受け、破裂していた脾臓を摘出。腹には30㎝の傷跡が残ったものの、奇跡的に助かった。以来、「俺の人生の時間は、人よりも短いんじゃないか?」という意識を持つようになり、それが生き急ぎがちなスタイルにつながっていったのだと思う。

仕事に対しては200%で向き合って、芸能界で売れていきたい。遊びにしても「やりたいと思ったものは、あれもこれもやっておきたい」と。自分がそういう気持ちだから、そうではない人を見ると腹が立って仕方がない。それはスタッフに対しても、共演者に対しても抱いていた気持ちだ。「仕事は100%で向き合って当たり前。120%どころか、200%でやんのよ!」と。そうしなければ上には行けない。短い人生で結果は出せないと思っていた。

ところが、自分でジムを始めてみて、よくわかった。世の中100%の気持ちと力を出し切って働いている人はほとんどいない。お互いが補い合って、甘えもあって、許しもあって、支え合っていくからチームがうまく回っていく。ジムを立ち上げ、スタッフが増えていった当初、僕はそれがよくわかっていなかった。

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「こいつら働かないな」「本気、出してないだけかな?」「え、休みが欲しいの? 週に2日も休んで、どうするの?」「働いたら、お金になるし、次にもつながるのに?」と不思議に思っていた。

でも、徐々にわかってきた。これが普通で、自分のモノサシがずれていたんだってことに。120%、200%を出し切る働き方はいつまでも続かない。自分は遊びも本気で取り組んでバランスを取っていたけど、それでも長い小休止に入ることになった。

なんでって? 自分でも気づかないうちに疲弊して、すり切れていたのだと思う。10年の小休止。ジムの経営を通じて、よくわかった。100%は出さなくていい。通常運行はマックス80%で。経営者やリーダーは、スタッフがそこまでの力を出してくれるように関わっていけばいい。

人生は長距離走で考える

自分自身も小休止を経て80%を心がけるようにしてみたら、うまくいくようになった。それはたぶん、扱いやすいヒロミになったからだと思う。

今、僕がテレビに出ているとき、イメージしているのは、小さな歯車だ。昔の自分も歯車の1つだったわけだけど、当時は目立つ大きな歯車だった。そして、本人は取り替えのきかない歯車だと思っていたけど、大きくて目立つ分、交換も簡単だった。

今度は機械の奥のほうにある、小さな、でも取り替えのきかない歯車になりたい。小休止前のように、「有名になりたい」「もう一花咲かせたい」「テレビの世界で活躍したい」、そういう「自分のためにがんばりたい」という気持ちはなくなっている。呼んでくれて、使ってくれるのなら、その場に出て役に立ちたい。後輩たちの後押しをしたい。謙虚すぎて嫌味っぽく取る人もいるかもしれないけど、そんなふうに思っている。

『小休止のすすめ』 (SB新書)
『小休止のすすめ』 (SB新書)

日本人の気質なのか、武士道的な考え方なのか。今の世の中には、負けを認めることを潔しとしないところがある。休みたいと言い出すことに引け目を感じさせる圧のようなものもある。

でも、考えてみてみれば、夏の甲子園も冬の選手権も優勝できるのは1校だけ。残りはみんな負ける。ドラフト1位でプロに入る選手も、ほぼ全員が負けと挫折を経験し、1回区切りをつけて立ち上がってきた人ばっかりだ。

負けること、挫折することはそんなに悪くない。人生が終わるわけでも、全財産を失うわけでもない。負けても、挫折しても、たかが知れている。人生は長距離走で考える。休んで、遊んで、考えて、次の何かを準備していったらいいと思う。


ヒロミ:タレント
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