37.5歳の人生スナップ Vol.39
2018.12.31
LIFE STYLE

好きを仕事に。遅咲きの人気ヨガ講師が示す“意志”の大切さ【後編】

連載「37.5歳の人生スナップ」
人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。

前編の続き。

ヨガインストラクターの浅野佑介さん(38歳)が、ヨガデビューしたのは29歳のとき。そこから「ヨガ」を仕事にするまでは早かった。

怪我によって趣味のサーフィンができなくなったことで、空いた時間を使ってヨガ指導者養成講座を受けた。ちょうどタイミングを同じくして、馴染みの整形外科で新しいデイサービスのためのヨガ指導者を募集していた。管理者としての立場に違和感を抱いていた浅野さんは転職を決め、31歳にしてヨガインストラクターとして早々にデビューを果たすこととなる。

「新しいデイサービスを作ろうと、理学療法士と自分とオーナーと3人で、オリジナルでプログラムを練って、要介護・要支援の人のためのヨガを考案したんです。当時はヨガをデイサービスに取り入れるっていう取り組み自体が新しくて、仕事はすぐに軌道に乗りました」。

決してヨガの指導歴が長いわけではない。しかしビリ営業マンからトップ販売員まで、異色の経歴を持つからこそ、人と違う指導ができるのではないかという自負があった。

「社会人としてそれなりに苦楽もあったからこそ、生徒さんの気持ちがわかることもある。やりたいことが見つかるまでは時間がかかったけど、人生のすべてがヨガに活かされているなと思います」。

しかし、この職場でもまた、現場から管理側のポジションになってしまうというジレンマが発生する。自分の言葉でヨガの素晴らしさを伝えたいという思いが、浅野さんに独立を決意させた。

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収入は月3万円。半年間のどん底のフリー生活で得たものは

「なんのあてもなくフリーのヨガインストラクターになったので、仕事が軌道に乗るはずもなく(笑)。収入は月2、3万円。半年間、貯金は減る一方でした。カード払いで、なんとか生活していたような状況です」。

収入源は月に3、4回のヨガクラスの指導のみ。当然、焦燥感は募り、減っていく貯金残高と今後の展望を考えると苦しい半年間が続いた。ただ浅野さんは悲観的にはならなかった。

「求人雑誌をめくって普通にバイトしようかな……とか思うわけですよ。生活のために。でもそれをしたら負けだなと。今が動けるタイミングだからこそ学びを深めるチャンスだと思って、各地でヨガの勉強のために出かけたり、学びを得る時間にしました」。

時間だけはたくさんある。そこで安易にアルバイトを始めることもできたが、あえてそうしなかった。

「結局、中途半端に働き始めたら、自分のやりたくないことに時間を使うだけで意味がなくなってしまう。自分が何を決意して仕事を辞めたのかを思い出して、ヨガじゃないものは掴みにいかないと決めていました。」。

ときにはフィットネスのインストラクターとして声をかけられることもあったが、「ヨガ」以外のものは掴まないという意志はゆらがなかった。そこが、浅野さんの芯の強さでもあるのだろう。

「自分で自分の気持ちがどこまで本気か試していたのかもしれません。考える時間だけはあったので、ベッドの上でボーッと天井とか眺めて(笑)、ひたすらアイデアを練っていました」。

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「男ヨガ」の企画を機に、一気にブレイク

そのボーッとする時間のなかで浅野さんが考案したのが「男ヨガ」だ。当時はまだヨガは女性のものというイメージが強く、“男性限定”の「男ヨガ」は珍しかった。

「ヨガスタジオって女性ばかりなので、男性は入りにくい。僕もいつもスタジオの隅っこで肩身の狭い思いをしていたので、男性たちの気持ちはよくわかるんです。あとは何より女性目当てで来ている、と思われるのが嫌だった。男ヨガはそういった自分の経験から生まれました」。

これが話題となって、メディア掲載されたことをきっかけに「男のヨガクラス」という東京のクラスを持つことに。仕事の幅は格段に広がった。さらに地元・茨城でも市のほうからヨガ講座の講師の依頼が舞い込むなど、そこから仕事が増えていくのはあっという間だったという。

さらに、毎年行われるアジア最大級のヨガイベント「ヨガフェスタ横浜」の講師オーディションに自ら参加し、見事、講師の座をゲットしたことも、仕事の幅を大きく広げるきっかけとなった。

「男ヨガといってもクラスは月に数回。普段は水戸で細々とやっている自分が『いつか陽が当たるだろう』と受け身の姿勢でいては、一生当たらない」。

今や仕事も軌道に乗り、忙しい日々を送っているはずだが、浅野さんはどこかゆったりと構え、余裕を感じさせる。その理由は意識的な時間の使いかたにもありそうだ。

「“スペース”を空けるために、仕事を詰めすぎないようにしています。急に取材や仕事のオファーが舞い込んでも対応できる。そんな時間の余裕をもつことは大事だと思うんです」。

自分でスケジュールをコントロールする能力も、浅野さんの成功の裏にはありそうだ。

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「好き」を仕事にするために、まずは自分の意志を尊重する

自分の「やりたいこと」にフォーカスして、それ以外には一切手を出さない。いつか誰かが見つけてくれるという期待は捨て、自分から行動する。そんな浅野さんが「ヨガ」を仕事にしたいと思えた決め手は、自身の“好き”という感情に素直になったからだった。

「最初はこれを仕事にしようっていうよりは、自分が精神的にも肉体的にも恩恵があったから、家族や友人に伝えたいっていうのがスタート。単純に好きなことを広めていきたいっていう気持ちで始めたら、うまくいったんです」。

「好き」を仕事にすることに対しては、賛否両論ある。仕事とはお金を稼ぐ生活のための手段でしかないという意見もあるだろうし、好きなことは趣味の範囲に留めておきたいという人もいる。

「僕らの親の世代は、好きを仕事にできない世代だった。自分が仕事辞めてこういうことをやろうと思うんだ、と話したら、『仕事は我慢してやるものでしょ』って親にも言われました。でも働き方も変わってきて、僕はこれからは意志だったり情熱だったりが大事になっていく時代なのかなと思います」。

浅野さんは迷ったとき、自身の“ハート”の部分をいちばん大事にしているのだという。

「僕の経験則だと、頭でっかちに考えすぎるとうまくいかない。次のステップに行かないんです。まず大事にしたいのは意志、感情の部分。その次に頭で考えて、最後に行動する」。

販売員時代、「好き」の力でトップになれたように、打算なしの素直な接客や動機に人の感情は揺さぶられる。お金になりそう、という打算的な気持ちだけでスタートしても、人の共感は得にくいだろう。自分の感情を大事にする。それが成功の秘訣なのかもしれない。

「よくヨガの生徒さんに、今なにがほしいですか? って聞くと、時間っていう方が多い。でもじゃあ時間があったら何をしたいですか? と聞くと、ハッキリ答えられる人は少ないんです。自分が本当はなにが好きで、どんな生活を送りたいのか、意識できるような人生を送れたら少し幸せに近づけるんじゃないかなって僕は思っています」。

「好き」を仕事にした浅野さんは、幸せに向かって、着実に一歩ずつ近づいているように見えた。


取材・文=藤野ゆり(清談社)

# 37.5歳の人生スナップ# ヨガ
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