カップ酒という名の愉悦 Vol.4
巷にカップ酒専門の居酒屋が増加中だ。「ワンカップ」という通称でも親しまれているが、これはカップ酒の始祖である大関株式会社(兵庫県西宮市)の登録商標。正確には「カップ酒」ということになる。いつでもどこでも手軽にクイっと飲めるカップ酒。当連載は、その知られざる魅力にほろ酔い気分で迫ろうというものだ。
鉄道マニアが夜な夜な集まるカップ酒バーがあると聞いた。
「ワンカップ大関」の回でも触れたが、カップ酒は鉄道駅での販売開始を機に市民権を得た。両者の組み合わせは不思議でも何でもない。
都営浅草線・東京メトロ人形町駅から徒歩5分。明滅する踏切の信号灯のような看板が見えてきた。
あくまでも「電車」というコンセプトを崩さない。この本気度に、さっそくテンションが上がる。
にこやかに迎えてくれたのは助役の二上登さん(42歳)。
「もともとは2006年に相方と二人で始めた店なんです。彼が駅長だったので、3年後に一人で経営することになった際も助役のままでいようかと」(二上助役、以下同)
とりあえず名刺交換をしようとすると、やおら自分の名刺にハサミを入れた。入鋏(にゅうきょう)プレイである。助役が「どの駅のハサミ穴かはわからないんですけど……」と言うと、隣の紳士が地下鉄博物館で撮った駅別の形状一覧を見せてきた。
小さめの音で流れているBGMは各路線の電車内の音。つまり、車掌のアナウンスや走行音である。ここで別の客がつぶやく。「これは209系500番台だな」。よし、客も本気だ。
本当に鉄道で移動している気分になってきた。さて、飲もう。
要するに入店料が500円で、10分ごとに300円加算(ともに税込)というスタイルのようだ。さらに、長居すればするほど割安になる。
助役は「あの『お嬢様聖水』とお酒を組み合わせたのはウチが最初だと思っていますから」と鼻息も荒く主張する。しかし、今回はカップ酒の旅だ。
仕入れ先を変更した関係で一時的に少なくなっているが、今後は以前のように種類を増やすつもりだそうだ。
1杯目は越後杜氏のSLカップをオーダー。酒のお供にはオイルサーディンのタルチーズ焼き(600円)を。SLカップは蔵の社長が鉄道好きのため、この店専用のラベルを貼って送ってくれる。
おお、どちらも美味しい。缶詰といえど、ひと手間かけて出すのが「キハ」流なのだ。ここで、15年来の飲み仲間だという紳士二人が入店。
右の紳士に一番好きな路線を聞いてみた。
「日本海沿いを走る五能線です。驫木(とどろき)っていう絶対に読めない駅があって一度降りてみたいけど、そうすると次の電車まで2時間待たなきゃいけない(笑)」
これでもかというぐらいに鉄道が迫ってくる。お代わりは松竹梅の旅カップをいただこう。
いい気分に酔っていると、「次は西船橋、西船橋です」という車内アナウンス。一瞬、本気で乗り過ごしたかと思った。
注文を捌き終わった助役が声をかけてきた。「2階もぜひ覗いていってくださいよ」。
これはやばい。「毎日乗ってる通勤電車みたいだよな」と笑い合いながら飲んでいるのは会社の同僚チーム。
すごい店を知ってしまった。助役に「よほど鉄道がお好きなんですね」と振ると、「いえ、まったく興味ないんです」。
おっと、最後に壮大なオチがついた。いわく、「カップ酒のバーがやりたくて、それなら鉄道旅行の缶詰という具合にコンセプト先行で作った店なんです。最初はお客さんに『鉄道大好きです!』と言っていましたが、もうバレてますね(笑)」
壁には来店した有名人のサインがぎっしりと掲げられている。
お酒と鉄道好きの終着駅に着いたようだ。ごちそうさまです。また乗りに来ます。
取材・文/石原たきび
【取材協力】カップ酒・缶詰バー「キハ」http://www.kiha-sake.comhttps://m.facebook.com/kiha.sake/https://www.instagram.com/kiha_jyoyaku/