中野新橋のミュージックバーで、看板娘がハロウィンに意欲を燃やしていた
10月8日(木)に公開した記事を覚えておいでだろうか。看板娘は、こう言っていた。
「中野新橋の『星屑と三日月』というバーによく遊びに行っています。バーテンダーのネギシマユちゃんがアイドル時代からかわいくてかっこよくて大好き人なんです」。
看板娘の連鎖である。さっそく訪れた。

まず、店名に目が行く。「星屑と三日月」という店名はバーを運営する会社の会長顧問で、元「19」、現「3B LAB.☆S」のバンドメンバー、岡平健治氏の楽曲名からつけられたという。

ハロウィンの飾り付けも終わったようだ。カウンター席に座って、看板娘におすすめのお酒を聞く。

看板娘の回答は「ラフロイグ 10年のソーダ割りはいかがですか?」。強烈なピートの香りが際立つアイラモルトの王様である。渋い。いただきましょう。
看板娘、登場

千葉県野田市出身のネギシマユさん(24歳)。
ソロでアイドル活動を始めたのは20歳のとき。2017年からは「かぷりす」というグループで活動を始め、横浜アリーナのステージも経験した。現在はバーカウンターに立ちながら、作詞、イラスト、歌、モデルなどの仕事をしている。
フードもいただきますよ。

さらに、人気だという「鶏ハム」も注文した。

のちに登場する店長が作るカレーは、いわゆる“究極のお家カレー”を目指したそうだ。意外にもスパイスが効いていて、ガーリックバターライスとの相性も抜群。「作れそうで作れない」と言われるだけあって、本気で美味しいやつだった。
そして、鶏ハムは岩手県産十文字鶏のむね肉を使用。下味を付けて丸一日寝かせたのちに、さっと茹でる。火入れはこだわりのレアだ。こちらも素晴らしい。
さて、幼少期のマユさんについて聞いてみた。
「かなりのゲラで、転がってるボールを見ながらずっと笑っていたそうです」。

また、絵を描くこと、歌うこと、踊ることが大好きな子供だった。
「中学生のころは、中原 杏先生が『ちゃお』で連載していた『きらりん☆レボリューション』を夢中で模写していました。漫画のうえにトレーシングペーパーを敷いてひたすらなぞる。早起きして学校に行く前に描いて、授業中も怒られながら描いて、家に帰っても描く。自分でもびっくりするぐらい絵に夢中でしたね」。

中学時代には苦い思い出がある。
「美術の授業で描いた絵に対して、先生から『目が大きすぎる。漫画チックに描くな』と言われて何度も描き直しさせられたんです。今となっては、その先生の首根っこを掴んで『お前がさんざんバカにした絵で、僕はお金を稼いでるんだぞ』って言ってやりたい」。
あれ、ボクっ娘ですか?
「僕を使い出したのは高校ぐらいからで、女の子が言う『僕』(編注:「ぼ」にアクセント)じゃなくて、『僕』(平坦)なんです。これ、人に説明するのがすっごい難しい」。
男性という生物に対して憧れはある。しかし、ボーイッシュになりたいわけではない。同時に、女の子らしいとも思わない。そういうことらしい。
部活は吹奏楽部。中3のときにマーチングで関東大会まで進んだ。

高校では演劇部に入りたいと思うようになる。しかも、師事したい顧問の先生も見つけた。
「高校演劇界では有名な土田峰人先生です。希望通り、土田先生がいる高校に受かって演劇部に入部しました。絶対に妥協せず、部員たちと全力で作品を作り上げてくれる人でしたね」。

部員たちとは野田市内にある清水公園に毎年行っていた。難易度の高いアスレチックがあり、テレビのロケでも良く使われるそうだ。

演劇部については面白いエピソードがある。
高3の秋、全国大会を目指すラストチャンスとなる舞台で土田先生が選んだ演目は『楢山節考』。深沢七郎の短編小説で、年老いた母親を背板に乗せて真冬の山に捨てにゆくーーいわゆる「子や孫を想う母が繋ぐ命の物語」だ。
「脚色するにあたっては原作の著作権者の許可が必要なんです。土田先生によれば、山梨県でお蕎麦屋さんをやっていらっしゃる親族の方が持っているとのことでした」。
ここで土田先生が動くと思いきや、「僕は大道具の合宿に同行するから、それ以外の組で行って許可をもらってきて」と言う。部員たちは夏休みの小旅行気分で山梨に向かった。
「結果的には『使用許可をいただきたいんですが』『あ、いいよ。わざわざ来なくてもよかったのに』という肩透かしな感じでした。緊張しまくっていたので、お蕎麦の味は覚えていません(笑)」。

マユさんに与えられたのは主役の「おりん」。捨てられる老母を演じ切った。

「舞台上であっという間に死装束に変わるので、すぐに脱げるようにこの衣装はスナップボタンで留めてあります。衣装に関しては祖母にかなり相談して、一緒に作業しました。今思えば素敵なコミュニケーションのひとときだったなあと思います」。
そして、アイドルの道へ。

アイドルを辞めたあとは放心状態。先が見えないなかで、演劇部時代の先輩女性に相談した。
「『とりあえず、工場とかで働きながら地道に貯金していこうと思います』と言ったら、『あんた、バカじゃないの。それはもったいないよ』と」。
演劇部やアイドル時代を見ていてくれた人だからこその叱咤だ。そのあとに先輩が言ったひと言が現在のマユさんを形作る。
「人前に出る仕事なら何でもいいんだよ。例えばバーテンダーとかさ」。
そこから導かれるように柏市内の「Mar’s BAR」で働き始めた。
「弟が成人したからお店に呼んだんですよ。彼が注文したのが『ラフロイグ 10年のロック』。美味しそうに飲んでるから、ちょっともらったら感動してしまって。そこからは店にあるウイスキーを全部調べて特徴を覚えました」。
やがて、縁あってここ中野新橋のバー、「星屑と三日月」の扉を開ける。

店長の畝沖修司さん(36歳)は「働きたい」と言ってきたマユさんの第一印象をはっきりと覚えている。
「パッと見て華があるなと思いました。その次に酒の話になったんですが、酒への愛があるなと。実際に働いてもらったら早い段階で原価の話を投げて来たりと、お店を運営する立場から物事を考えているんです。それは彼女がエンターテインメントの世界で表現してきた経験があるからだと思います」。

自粛期間中に撒いたテイクアウトのチラシではマユさんのイラストが活躍した。

ちなみに、「ザリガニパーティー」とは毎月月末に開催されている「スウェディッシュナイト」というイベントの派生で生まれた、北海道産のザリガニを取り寄せて行うフードイベント。スウェーデンでは夏の風物詩で、大使館の関係者も来てくれたそうだ。
ふと横を見ると、常連の男性客がマユさんと楽しそうに話している。
「かわいいし、やさしいし、面白い。あ、お笑いが好きなんだよね。誰のファンだっけ? 『東京ダイナマイト』か」。

もう一人の男性がカウンターで飲んでいた。聞けば約3年ぶりにこの店を訪れたという。「話すの緊張するわー」と言いながらマユさんの印象を教えてくれた。
「もちろん初対面ですが、オーラ的なものを感じました。お洒落な常連さんかと思ったら店員さんだったんですね」。

さて、華もオーラもあるマユさんは今年のハロウィンイベントに並々ならぬ意欲を燃やしている。
「めちゃめちゃ気合いを入れますよ。アリスとかミリタリーっぽいのとかの仮装をしたいです。しっかりメイクをして、ファンの方から頂いたウィッグもかぶって」。
そんなマユさんがうんうん唸りながらたっぷり30分以上かけて読者へのメッセージを書いてくれました。

【取材協力】
星屑と三日月
住所:東京都中野区弥生町2-32-16 ロックフォード第3ビル中野新橋B1
電話番号:03-6312-9899
https://twitter.com/hkztomdk
https://twitter.com/Negishimayu
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
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石原たきび=取材・文