37.5歳からの愉悦 Vol.163
2020.10.01
FOOD&DRINK

新宿ゴールデン街のバーで、看板娘が常連客から“人生初”の鰻をご馳走されていた

「看板娘という名の愉悦」とは……

もはや、“観光地”ともいえる新宿ゴールデン街。この一画にも客足が戻りつつあるようだ。

狭い敷地内に200軒以上の飲食店が軒を連ねる。

今回訪れたのは昨年5月にオープンした「UPOUT(アップアウト)」というショットバー。ゴールデン街は空き物件がなかなか出ないため、こうした新しい店は稀少だといえる。

ショットバー「UPOUT」
「感染防止徹底宣言」のステッカーも。

店内を覗くと……看板娘らしき女性が何やらもぐもぐ。

目が合うと「あっ、すみません」。

「いや、そのまま食べてて大丈夫ですよ」と言いつつ、席に座ってメニューを拝見。

チャージ800円、ドリンクは700円から。

彼女が「いつもこればっかりです」という「お茶割り」(700円)を注文した。今日はジャスミン茶だ。

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看板娘、登場

「お待たせしました〜」。

今回の看板娘は東京・中野生まれの紗英さん(27歳)。先ほどのもぐもぐタイムで食べていたのはローソンの新商品、「とりそぼろまん」だった。生活サイクルが通常と12時間ずれている彼女にとっては朝食である。

紗英さんはこの店のオープンと同時に入店。さらに、同じゴールデン街のバー、「ROSSO」と掛け持ちで働いているそうだ。

「ROSSO」は5匹の猫がいるワインバー。

ところで、先ほど眺めたメニューのフード欄には「おでん」と「カレーライス」があった。そろそろ涼しくなってきたし、おでんをいただこう。すると、紗英さんはどこかに電話をかけ始める。

「もしもし、おでん1人前お願いします」。

「おでんとカレーは出前方式なんですよ。上のおでんバーのマスターが持ってきてくれます」。

おでん代の1000円をキャッシュオンで払うとこうなる。

おでんはシミシミ。春にまとめて塩茹でしてから冷凍した青山椒も効いている。お茶割りにじつによく合うアテだ。

なお、この店も「ROSSO」もコロナの影響で4月と5月は全休。紗英さんは家に籠っていた。

「辛かったですね。やることがないから、Netflixで昔のアニメを延々と観たり。あと、チョコエッグのフィギュアを集め始めました(笑)」。

コレクションの一部。

ゴールデン街全体でもコロナ対策を勧めている。組合はフェイスシールド代わりになるうちわを作って各店舗に配った。

遊び心も忘れない。

さて、中野で生まれ育った紗英さん。小学校時代の遊び場は近所の公園だった。

「ポケモンが流行っていたので、ゲーム機同士を繋いで友だちと交換したり。あとは、ザリガニ釣りですね。拾った枝に糸を縛って釣っていました」。

運動会での勇姿。

自称「ちょっと暗めのオタクっぽい感じ」の中学時代を経て、池袋の近くにある私立高校に進学した。

高2の時に池袋で撮ったプリクラ。

「今でもめっちゃ覚えているのは、放課後に友だちとコンビニでお団子を買って郵便局の前で遊んでいたときのこと。友だちが変なポーズをするから、大笑いしてたんです」。

なぜかわからぬがツボにはまった友達の団子ポーズ。

しかし、そこにたまたま通りかかったのが学園長。校則で買い食いは禁止なのでひどく怒られたが、「通学路でもないのにそのタイミングで来る?」というのが面白くて、2人でずっと笑っていたそうだ。

学園長には怒られたが、高校は無事卒業。
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紗英さんの初バイトは専門学校時代の魚民。初日の、しかも初めて接客するお客さんにビールをかけるなどの失敗もあったが、これは1年近く続けた。

飲食業の醍醐味に目覚めたのは、そのあとに働いた虎ノ門のタリーズコーヒー。

「単純にお酒を出すんじゃなくて、ドリンクを作れるのが新鮮でしたね。自分で何かを作って相手を喜ばせる楽しさを覚えて、毎日ストイックに頑張っていました」。

休憩中に練習で作ったラテアートとアイス。

常連客との交流も思い出深い。

「毎日来る女性のお客さんに『紗英さんのカフェラテじゃないと飲みたくない。味が違う』と言われたのが嬉しかったです。最終日は花束や紙袋いっぱいに入ったプレゼントを抱えて泣きながら帰りました」。

常連客といえば、ここ「UPOUT」にも大勢いる。取材時には早い時刻に来店し、ハシゴ酒ののち、最後にまたここで締めるという男性が来店していた。

「今日も英会話教室帰り?」「そう」というやりとり。

彼は英会話教室でたまに一緒になる女性に思いを寄せており、紗英さんはその“恋バナ”を1年近く聴き続けてきた。そして、なんとまさに今日、外で会う約束を取り付けたそうだ。

「すごいすごい」と自分のことのように喜ぶ紗英さん。「今日はお酒が美味しいです」と言う男性によれば、新規も常連も分け隔てなく気遣いができる紗英さん目当てのお客さんが多いそうだ。

伝票に記入する姿を見ると、あれ、左利き?

「そうなんですよ。不便なことも多くて」。

「でも、こないだの誕生日に常連さんが左利き用の包丁をプレゼントしてくれました。自分で買おうと思っていたんですが、あれは感動しました」。

刃を付ける向きを左利き用に調整しているとのこと。

さらに、別の常連客に「人生で一度も鰻を食べたことがない」と漏らすと、「じゃあ、連れて行ってやる」という展開。

人生で初めて鰻を食べた人の表情。

「ふわっふわで最高の味。日本酒との相性もバッチリでした」。

お酒が好きな紗英さんは、酔うと陽気になる。時間が経つにつれて客の酔いも回るため、そのトーンに合わせて自分も飲み進めるそうだ。酔った姿を見てみたいが、後ろ髪を引かれつつお会計。

最後に読者へのメッセージをお願いします。

“目立つ”看板娘がお待ちしておりますよ。

 

【取材協力】
BAR UPOUT
住所:東京都新宿区歌舞伎町1-1-10 1F(新宿ゴールデン街 G2通り)

「看板娘という名の愉悦」Vol.120
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
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石原たきび=取材・文

# BAR UPOUT# ゴールデン街# 看板娘
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