酒どころ新潟の新星。飲むだけで地域に還元できるサステイナブルな日本酒とは?
PUNK日本酒●「俺たちが飲みたい日本酒は違うんだよね」と名乗りを上げた若手醸造家たち。不要なルールは無視して、とにかく美味いこと最優先。その結果、日本酒の世界はここ10年で格段に進化した。そんな造り手たちが放つPUNKな日本酒をレコメンド。
元ぐるなび社員が造る、地域に還元できるサステイナブルな日本酒
日本有数の酒どころ、新潟県。数々の人気銘柄がひしめくこの日本酒王国では、特に「淡麗辛口」のイメージが強い。実際に、そのクオリティは総じてハイレベルである。しかし、そんなイメージに逆行するように独自路線を行くのが、柏崎市にある阿部酒造だ。
なかでも日本中の注目を集めているのが「スターシリーズ」。ワインのような酸味と旨味、そして洗練された洋酒のようなデザインを特徴とする、日本酒離れした日本酒である。

酒造りの中核を担っているのは阿部裕太さん(31歳)。6代目の次期蔵元となる人物だ。阿部酒造の跡取りに生まれながら、一度は飲食店検索サイト「ぐるなび」を運営する株式会社ぐるなびに就職。そこで磨き上げたマーケティングのスキルや日本酒の知識を活かしながら、日々革新的な日本酒造りに情熱を注いでいる。
若き醸造家は今何を想うのか、その胸中に迫った。
“ぐるなび”への就職で会得したオリジナルの視点

──ぐるなび出身とは、日本酒業界でも異例のキャリアでは?
そうですね。僕は酒蔵の倅ですが、もともとアルコールに弱くて、大学生の頃はカシスオレンジなんかを飲んでいたんです。でもある日、先輩と飲んだ日本酒に衝撃を受けて。まったく未体験な味だったんですよ。銘柄は覚えていないんですが、当時の日本酒のイメージが覆って、その味の幅広さに感銘を受けました。そのときに、ぼんやりながら「将来は家業を継ぐのも面白いかな」って思うようになったんです。
就活では一応、いろんな業種の会社を受けましたが、ぐるなびだけはまったく違ったアプローチで面接に挑みました。
「僕はぐるなびに骨を埋めない。ゆくゆくは実家の蔵元に戻りたい。実際に売れている日本酒や、日本酒で人気の飲食店、そしてそういう店の日本酒の提案方法を、幅広く見てみたい。だから、ぐるなびで勉強したい」って伝えたんです。
そうしたら、「こいつやべぇ(笑)。ぐるなびに面接に来ているのに骨埋めないんかい!」みたいなリアクションで……(笑)。でも実は、ぐるなびとしても日本酒に力を入れたい時期だったみたいで、そんなタイミングで酒蔵の息子が来たから採用しよう、ってことになったそうです。
──ぐるなびを辞めて実家に戻ったのはいつですか?
今から7年前ぐらいですね。ぐるなびには3年10カ月ぐらいいて、しっかりやり切ってから辞めました。ぐるなびって、いろんな飲食店と関わるから、どんなお酒が売れているかのニーズも見ることができたんですよね。ぐるなびで働いている間は、忙しすぎて酒造りの勉強はできませんでした。その分、ぐるなびで学べることを徹底的に学ぼう、そしてそれを活かした酒造りをしよう、と考えました。
ぐるなびでは地元の新潟を担当させてもらって、新潟の生産者や役場などに営業したりしていました。そこで地域にフォーカスした仕事の方法や、いろんな飲食店との繋がりを得ることができたと思っています。
目指したのはワインのような日本酒

──その頃にはご自身でも日本酒が好きになっていたんですか?
そうですね。でも、僕はワインばかり飲んでました。当時を思い出すと本当に恥ずかしいのですが、ワイン=おしゃれだと思って、ワイングラスを傾けながら女の子と呑んでいました(笑)。そして、それがカッコいいと思っていたんですよね(笑)。でも、ワインを飲んでいたのが結果的には良かったんです。
──というと?
新潟の日本酒と言えば「淡麗辛口」が代表的ですが、そのどれを飲んでも“酸”がなかったんですよ。その頃の常識では、まだ日本酒に酸は厳禁だったので当たり前ですけどね。でも、僕はワインばかり飲んでいたせいで、日本酒の味に物足りなさを感じてしまったんです。
──それで生まれたのがスターシリーズなんですね。
スターシリーズのなかでも、「レグルス」はわかりやすく酸があるので、既存の清酒からはかなり逸脱しています。日本酒を飲まないけど「レグルス」は好き、という方も多い。僕はそういった日本酒に慣れ親しんでいない人たちに日本酒を知ってほしくてスターシリーズを造っています。
──当時から考えてみれば、かなり大胆な挑戦ですよね。
最初蔵に戻ったときは「淡麗辛口」とは真逆をいこうと思っていましたからね。実家の酒蔵に戻ったのは20代半ばの頃だったんですが、当時はオラオラしてたんですよ(笑)。「淡麗辛口なんてクソくらえー!」って感じで、甘口で飲みやすいお酒造りを目指していました。
シンガポールでは「ワイン枠」で勝負している

──阿部さんは「あべ」というブランドも造られていますが、スターシリーズはどう違うのでしょう?
造りがまったく違います。「あべ」は飲食店を通してお客様に知ってもらいたいと思っていたので、 純米大吟醸や吟醸など、いわゆる「特定名称酒」を多く造って、精米歩合は何パーセントで、お米はどこどこの何々で……と、まさに日本酒好きな人に楽しんでもらえたらいいなと思って造りました。
一方で、日本酒はそういった情報量が多いので、知らない人からすると敷居が高い。だから、難しいことを抜きに“ただただ美味しい酒”も造りたかったんです。そこで立ち上げたのがスターシリーズというサブブランド。味を純粋に楽しんでもらうため、あえて精米歩合などは非公開にしています。
──ラベルもすごく洒落ていますよね。
このシリーズのラベルは、日本酒の原料となった地元・柏崎の田んぼの風景を使っています。スターシリーズはすべて一等星の名前がついていて、星にはそれぞれいちばんきれいに見える時期があるのですが、その時期の田んぼの表情をラベルにしています。横文字で星の名前にしようと思ったのも、気軽に手に取ってもらいやすいようにって感じですね。何よりも今までの日本酒のイメージをとにかく変えたくて、日本酒には絶対ないだろう名前にしてます。
ボトルも一升瓶はなしにして、ワインに近い四合瓶(720ml)のみの展開なんですよ。風味が落ちないうちに飲みきってほしいですしね。普段は日本酒を飲まないような人にジャケ買いとかしてもらったらうれしいですね。
──海外でも人気が出そうですね。
海外展開も考えています。すでにシンガポールには卸していて、そこでは日本酒を意味する「SAKE」ではなく、ワインのラインナップのなかのひとつ「ライスワイン」として販売してもらってます。
「SAKE」として出してもいいのですが、世界のワインと戦いたいと思っていて、味に関しても高評価をいただいています。食事も和食よりも洋食のほうが合います。
地元の田んぼに還元する「サステイナブル」な酒造り

──酒造りにかけるポリシーを率直に教えてもらえますか?
造り手として当たり前なんですけど、「美味しいものを造る」ということには徹底的にこだわりたいと思っています。特にスターシリーズはデザイン的に奇抜ですが、だからこそ中身が伴わないというのは絶対に避けたい。なので、とにかくお酒の美味しさには徹底的にこだわっています。
そして、阿部酒造のお酒は甘いものからドライなものまでありますが、すべてに共通しているのは「酸の有無」を考えて酒造りをしていることです。うちの蔵は酸味があるお酒が多いですが、一方で、酸がないほうが美味しいお酒もあります。そういう場合は無理に酸味を演出する造りをせず、酸がない状態でバランスが良いと感じる酒に着地するよう努めています。
「酸にフォーカスした酒造り」というのはうちだけのオリジナリティだと思います。
──最後に、今後の目標は?
今は「地元のものを使いたい」という思いが強くなってきています。新潟県は米どころなので、お酒はすべて地元のお米で造りたいのですが、実際は農家さんも減り、耕作放棄地も増えています。そんな柏崎市の現状を変えていきたいと思っています。
うちには「圃場別シリーズ」という日本酒もあるのですが、これは地域の田んぼ(圃場)のお米だけで造ったシリーズになっています。自分たちのお酒が全国にもっと広がって、お酒に興味を持ってくれた飲み手が柏崎の田んぼを見に来てくれたら嬉しいな、と思います。
圃場別シリーズは、一本売れるごととに一定額が地域の圃場に寄付される仕組みです。売り上げを農家さんにバックすることで、次の米作りに活かしてほしい。ふるさと納税みたいなものですよ。例えば、東京暮らしだと田んぼは身近じゃないかもしれません。でも、そんな都会の人たちでも、このお酒を飲むことで地域を支援できたなら、それって相互にハッピーですよね。
阿部酒造株式会社●1804年創業、新潟県中越エリアの柏崎市に構える酒蔵。米山山系、黒姫山系の軟水を用いた、やわらかな酒質が特徴。親から子に酒造りの方法を直接伝授しているため、今も酒造りの基本は創業当時のまま。現在は次期6代目蔵元、阿部裕太さんが製造責任者を務める。
www.abeshuzo.com
横尾有紀=取材・文