それは禁断の着心地……愛さずにはいられない「楽な服」! Vol.20
2020.04.13
FASHION

時代に相応しいワークスタイルとは? 今問われるイノベイティブな働き方

イギリス発祥の現在のスーツがヨーロッパ、アメリカに普及したのは19世紀中葉のこと。スーツの普及は、近代資本主義社会の発展、市民社会の成熟と手を携えていた。

一見、外見の差異を小さくしてしまう、制服のようなスーツのシステムは、男性が、それぞれの出自や経済的背景に煩わされることなく仕事や社交を円滑に進めるための鎧として最適だった。

ワイナリー「アカエアクラウス」の創業者グスタフ・クラウス
ワイナリー「アカエアクラウス」の創業者グスタフ・クラウス 1860年代の典型的なラウンジジャケットを羽織ったスタイル。ジャケットとパンツを同じ生地で揃えるという発想はまだなかった時代。 ©︎Imagno/Getty Images

また、スーツは「男は稼ぎ、女がその稼ぎによって着飾る」という当時の性役割をわかりやすく示す象徴でもあった。男性のスーツが暗色に地味に収束していくに伴い、女性のドレスが華やかになっていったのだ。どちらの服も、男女それぞれの心身両面において、いくばくかの窮屈を強いていたのではないだろうか。

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そのようなスーツのシステム(洋装)を、日本が取り入れたのは明治初期の1872年。洋装採用は、閣議で決定された。保守派からは反対意見も出たが、日本は世界制覇を目指す、だからこそ世界で標準服として着られているスーツを着用すべきである、という外務卿(外務大臣)副島種臣の意見が最終的に通った。

つまり、日本人は、当時のグローバリズムに後押しされる形で、世界標準服となっていたスーツを「政府の指令によって」着用することになったのだ。ちなみに、洋装の規定が定められたのは男性に対してのみであって、一般女性の洋装に関しては、何のお達しもなかった。宮中の女性の礼服のみが洋装のシステムの適用対象となった。

そのように、社会が向かおうとする方向と装いは、不可分の関係にある。資本主義やグローバリズムが深刻な格差問題などの弊害をもたらして行き詰まっている現在、それらと手を携えてきたスーツのシステムが立ちいかなくなるのは自然の流れなのだ。

同時に、現在ではジェンダーによる差別の完全撤廃が求められ、多様性と包摂の重要性が声高に謳われている。働き方改革、ジェンダー平等、多様性社会の理想の実現は、スーツ一辺倒ではない、時代に相応しいワークスタイルを後押しすべきなのだ。

[左]「YouTube」 設立者チャド・ハリー [右]「フェイスブック」CEOショーン・パーカー
[左]「YouTube」 設立者チャド・ハリー ©︎REUTERS/AFLO [右]「フェイスブック」CEOショーン・パーカー ©︎REX/AFLO 今の時代を象徴したかのようなふたりのスタイルは、やはり“ノータイ”に“スニーカー”。品はありつつもいたってクールな着こなしだ。
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既に昨年あたりから銀行や大手企業でも続々と服装規定が廃止され、「清潔感と好感」さえキープするならTシャツ、ジーンズ、スニーカーも可となり、仕事服カジュアル化の流れはもはや止めることはできない。

仕事服の自由化により、寛いで親しみのある雰囲気が広がるという効果が生まれた一方、何が「清潔感と好感」を与えるのか、各自の想像力と自分を客観視する力が今まで以上に求められるようになった。また、普段着の延長になりがちなカジュアルでもきちんと仕事用に見せるため、姿勢や体形維持、衣服の管理に表れる自己規律の能力強化もいっそう痛感されているはずだ。

ルールがないゆえにいっそう主体的に考え、自覚を持ってそれぞれの仕事服と向き合うべきとき、それが今なのだ。故スティーブ・ジョブズのように、徹底的に選び抜いたスタイルを貫くことでブランディングを行うのもひとつの方法だが、いずれにせよ、時代の転換期である今こそ、向かう理想と補完し合うワークスタイルを考案する絶好の機会。

そもそも、他人の感情への想像力、自己を客観視する力を研ぎ澄まし、自己規律を強化していく習慣そのものが、ほかならぬ働き方改革そのものを良い方向へと推進し、多様性社会を実現するために多大な貢献をすることだろう。

 

(文=中野香織/服飾史家、近著に『「イノベーター」で読むアパレル全史』(日本実業出版社)がある)

# イノベイティブ# スーツ# 働き方
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