乗りたかったのは、キブンが乗るクルマ Vol.268
2021.08.05
CAR

ベンツ「190E」をはじめ、ツウ好みな車へと進化した傑作セダン4選

すべての車が“流線型”になる前。カクカクしたセダンがメインストリームの時代があった。

なかでも、堂々とした威厳を感じるドイツメーカーのセダンは特別で、今、通好みな選択として人気を持つ。

 

■アウディ「80/90」

アウディ 90
こちらはアウディ 90。

アウディの80といえば、3代目がバブル時代に「ベンツでもビーエムでもなく」という層に選ばれ、若い女性にも人気があった。

しかし、そのひとつ前の2代目も世界的に大ヒットを記録し、今日のアウディの礎を築いた名車のひとつだ。

2代目のパリッとしたカクカクなデザインを手掛けたのは、プロダクトデザイン界の巨匠ジウジアーロ。

2代目がエポックメイキングなのは、セールス成績やデザインだけではない。このモデルをベースにアウディ クワトロが生まれたことだ。

カクカクしたセダンを3ドアのハッチバックスタイルに変え、今や同社の代名詞となる4WDシステム「クワトロ」を搭載し、ラリー界を席巻。アウディの名声をさらに高めることになった。

アウディ クワトロ
アウディ クワトロ

1984年のマイナーチェンジで80の上級モデルとして90も追加された。見た目は80とほぼ一緒だが、より排気量が大きなエンジンを搭載。80、90とも日本にもヤナセによって正規輸入されていた。

 

■メルセデス・ベンツ「190E」

メルセデス・ベンツ 190E
メルセデス・ベンツ 190E

上級モデルのSクラスがバンバン売れていたバブル期の日本では「小ベンツ」なんて揶揄されたこともあったけれど、今見るとその小ぶりなサイズ(日本の5ナンバーサイズ)がむしろちょうどいい。

当時のトヨタでいえばコロナなみのサイズで、価格はクラウンより高かった。

四角いボディに四角いライト、そして門扉のような堂々としたグリルは、当時の高級車の代名詞であった“ベンツ”を象徴するようなフォルムとして、当時も今も独特の存在感を放つ。

Sクラスと違うのはサイズだけ、といえるくらい品質は同等で、実際Sクラス譲りのボディ構造や安全装備を備えていた。

それどころかSクラスより先に、世界初となるマルチリンク式サスペンションが採用されるなど、「最も良いものが作れないのなら、いっそ作らない」という同社の技術の結晶と言える一台なのだ。

NEXT PAGE /

■BMW「3シリーズ(E30)」

BMW 3シリーズ(E30)
BMW 3シリーズ(E30)

190Eが「小ベンツ」なら、3シリーズは「六本木のカローラ」と呼ばれていた。

バブル時にはそれだけ売れたってことなんだけれど、BMW=スポーティセダンというイメージを日本人に強烈に焼き付けたのは、グッと“目力”の強いフロントフェイスと角ばったボディが印象強いこのE30型じゃないだろうか。

エンジンルーム/キャビン/トランクとはっきり分かれたセダンとしては正統派の3ボックススタイルだが、E30型の前まで2ドア、つまり後席用ドアがなかったのだ。このE30型になってようやく4ドアも用意されるようになった。

今では3シリーズに用意されるのが当たり前になったハイパワーな最強モデル「M3」も、このE30型から開発されるようになった。それだけ走りの性能は高かったってこと。もちろんM3は2ドアセダンのみだ。

 

■フォルクスワーゲン「サンタナ」

フォルクスワーゲン サンタナ
フォルクスワーゲン サンタナ

上記アウディ80に似ているな、と感じた方は、ご名答。

当時フォルクスワーゲンとアウディは既に同じグループで、フォルクスワーゲンはアウディ80の2代目と共通のプラットフォームを使って、このサンタナを作ったのだ。

カクカクしながらも、シュッと伸びたフロントノーズからサイドにラインが走るデザインは、今見ても洗練されている。

サンタナは中国やブラジルでも生産されたほか、実は日本でも作られていた。日産が1984年から、部品を輸入して組み立てるというノックダウン生産方式で製造していたのだ。販売は日産とヤナセが行った。

ちなみに写真は日産製のサンタナ。ベースがアウディ80なので、3社が関係したレアなセダンだ。

のちに日産から販売されたヒットするプリメーラは、このサンタナ製造で得たノウハウが影響していると言う人も。本当にサンタナの功績なのかは定かではないが、同社に何かしらの影響を与えたのは間違いない。

 

籠島康弘=文

# BMW# アウディ# セダン# フォルクスワーゲン# メルセデス・ベンツ
更に読み込む