車のトリセツ Vol.21
2021.01.20
CAR

スーパーカブからジェット機まで。セナも愛したHONDAの歴史を簡単解説

「車のトリセツ」とは……

自転車補助エンジンから二輪車、四輪車へ

静岡県磐田郡光明村、今の地名で言えば浜松市天竜区。時代は大正初期、日本ではまだ珍しかったT型フォードのあとを追いかけながら走るひとりの少年がいた。

おやじさんの愛称で慕われた、本田宗一郎、その人である。

ホンダの創業者であり、戦後日本を代表する経営者。そして、希代の技術者である。

旧陸軍が所有していた無線機の発電用エンジンを自転車用補助エンジンに作り替えたことからホンダは始まる。このヒットを受けて、1947年に自社エンジン、「A型エンジン」を製造。これが、「Honda」の名が刻まれた最初の製品だ。

企業としてのホンダの創業は、1948年。従業員34人、資本金100万円。浜松の小さな町工場で自転車用補助エンジンの製造からスタートした。

初代スーパーカブ。モデルチェンジを重ねながら60年以上たった今でも販売されている同社を代表するバイクのひとつ。

その後、農耕用エンジンなどを経て、バイク事業へと参入。1958年には、のちに世界生産累計1億台を達成する「スーパーカブ」を発売し大ヒットを飛ばす。

その後、バイクレースの最高峰、マン島TTレースで125cc・250ccクラスの1位~5位を独占したり、鈴鹿サーキットを建設したり、バイクで確固たる地位を築いていく。

満を持して四輪を発売したのは、1963年のことである。

ちなみに、翌年にはF1に初参戦。1965年にはメキシコGPで初優勝を飾っている。バイクでのマン島TTレースも、この四輪でのF1参戦も、早い段階でのチャレンジだ。

このあたりが、ホンダの「DNAにはレースがある」と言われる所以だろう。

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厳しい環境規制をチャンスに

ホンダ初の四輪車は軽トラックの「T360」、次いで普通乗用車の「S500」、そして1967年には、初の軽自動車「N360」を発売。

愛らしい見た目と当時の軽の常識を覆す広さとパワー。高度成長期、3C(カー・カラーテレビ・クーラー)が三種の神器ともてはやされた時代にベストセラーとなった。

N360。今でも販売されている「Nシリーズ」の原点だ。

大きな飛躍のきっかけになったのが、アメリカでの「1970年大気浄化法改正法(通称マスキー法)」の成立だ。

当時問題となっていた公害の元凶を車とし、1975年以降に製造する自動車の排気ガス中の一酸化炭素と炭化水素の排出量を、1970-1971年型のなんと1/10以下にしなければならないなど、世界で最も厳しいと言われた規制で、達成できなければ、アメリカでの販売はできない。

当然フォード、GM、クライスラーのアメリカビック3は猛反発。しかし、本田宗一郎は、ビック3に追いつく最大のチャンスと捉えた。そして、1972年には世界で初めてマスキー法をクリアしたエンジン「低公害CVCCエンジン」を発表する。

このエンジンを搭載したのが初代「シビック」だ。当初から世界戦略を見据えて開発され、その目論見通り世界的なヒット車となった。

CVCCエンジンを搭載したシビック。排出ガスがクリーンだっただけでなく、希薄燃焼によって低燃費も実現していた。
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F1での活躍でスポーツカーのブランドに

実は、今では当たり前の機能である地図型カーナビを初めて製品化したのもホンダだ。

1981年に登場した2代目「アコード」に搭載された「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」がそれである。日本でのエアバッグの搭載もホンダが初だ。1987年に発売された「レジェンド」に採用された。

1980年代のトピックスで忘れてならないのは、F1での活躍だ。1988年には、アイルトン・セナとアラン・プロストが操るマクラーレン・ホンダMP4/4がF1史上初の16戦15勝を達成。日本に空前のF1ブームをもたらした。

このような「スポーツのホンダ」というブランディングにより、バブル期から1990年代半ば頃までは、「インテグラ」や「プレリュード」といったスポーツセダンが若者に支持されていく。

搭載されたVTECエンジンは、は高回転になるとエンジン音が変わるのが特徴。その奏でるエンジン音は「ホンダサウンド」として、今なお愛され続けている。

1990年に発売された「NSX」はセナの愛車としても有名で、当時はスポーツカーファンの誰もが憧れる一台だった。
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創業者の「絶対に模倣をしない」を貫く

1990年代半ばからは、車種ラインナップも豊富になる。

それまで生産していなかったSUV・ワンボックスに進出。1994年発売の「オデッセイ」から始まったクリエイティブ・ムーバーシリーズは、純粋なアウトドア路線ではなく、余暇における有意義な時間の創出と日常での利便性の両立という新しいコンセプトで好評を博した。

2000年代に入ると、小型軽量で人間の歩き方に近い二足歩行が可能になった新しい人間型ロボット「ASIMO」を発表。さらに小型ジェット機「HondaJet」の引き渡し開始など、二輪、四輪だけではない、さまざまな分野で話題に上ることも増えてきた。

「HondaJet Elite」。1986年から始まった小型航空機と航空機用エンジンの研究が結実した小型ジェット機だ。

各自動車メーカーが合併や提携で合従連衡を進めるなか、独立独歩を貫くホンダ。

根底には、「当社は絶対にほかの模倣をしない。どんなに苦しくても、自分たちの手で、日本一や世界一を」という創業者の信念がある。

独自技術を活かした、オリジナリティの溢れる車。それこそがホンダ車が世界中で愛される理由と言えるだろう。

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[主な現行車種]

・ホンダe

ホンダ初の量産フルEV。航続距離は300km弱程度で都市型コミューターと位置づけられている。

力強くクリーンな走りと取り回しの良さを両立。かわいい見た目のボディに、チャレンジングでユニークな先進機能を多く搭載している。

 

・フィット

4代目となる現行型フィットは、ライフスタイルで選べる5つのタイプが用意された。

シンプルで自分らしさを表現する「ベーシック」、生活になじむデザインと快適性を備えた「ホーム」、アクティブに過ごしたいユーザーのための「ネス」、趣味人の多用途に応える「クロスター」、洗練と上質を兼ね備えた「リュクス」から選ぶことができる。

パワートレインは1.3L 直4+CVTに加えて、1.5L 直4に2つのモーターを組み合わせたハイブリッドを準備。

 

・NSX

2017年に、26年ぶりにフルモデルチェンジして販売。初代のコンセプトである、卓越した運動性能を持ちながら誰もが快適に操ることができる「人間中心のスーパースポーツ」を継承しつつ、先進的な電動化技術を融合させた。

モーターの駆動力を加速や旋回性能にも活かす独自技術「SPORT HYBRID SH-AWD(Super Handling-All Wheel Drive)」を採用し、エンジンだけでは達成することが難しい高いレベルのレスポンスとハンドリング性能を実現した。パワートレインは3.5L V6ツインターボを搭載。

 

・CR-V

世界各国で販売されているホンダを代表するグローバルSUVの5代目。強みである広い室内空間や使い勝手の良さに加え、あらゆる状況において安心で快適な走りを提供できるダイナミクス性能も備えた。

ハイブリッドモデルには、SPORT HYBRID i-MMDを採用。走行状況などに応じて「EVドライブモード」「ハイブリッドドライブモード」「エンジンドライブモード」の3つのモードをシームレスに切り替える。

 

・N-BOX

「日本の家族のしあわせのために」をコンセプトに、ファミリーカーの新たなスタンダードを目指した。

軽自動車でありながら広い室内空間や存在感のあるデザインが人気を博し、先進の安全運転支援システム「Honda SENSING(ホンダ センシング)」をホンダの軽乗用車として初採用。従来機能に加え、新たに後方誤発進抑制機能を追加し、全タイプに標準装備した。

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走行に関するトリセツはダッシュボードの中にあるけれど、各メーカーの車の魅力を紐解くトリセツはなかなか見つからない。だから始める、オートマティックで好きになったあの車を深掘り、好きな理由を探るマニュアル的連載。上に戻る

 
林田孝司=文

# ホンダ# 本田宗一郎#
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