NEWS Vol.361
2019.06.02
CAR

スープラ復活。トヨタの過去10年とこれからの100年を背負う意味

「Supra is back!」。テレビCMで聞いたこの言葉に、思わず胸が高鳴った人も多いだろう。

1978年、ちょうどオーシャンズ世代が生まれたその頃に初代が誕生した、トヨタの2シータースポーツカー「スープラ」。2002年の販売終了を最後にその名は途絶えていたが、5月17日、トヨタから再び発売されたのだ。

初代からこだわる直列6気筒エンジンにターボを備え、最高出力340psというパワーを発揮する。本体車両価格490万円〜。

トヨタのもう一台のスポーツカーである86(ハチロク)よりも低重心で、ショートホイールベース化や前後重量配分50:50など、スポーツカーとしての性能が徹底的に追求されている。

そしてこのスープラ。数字上の性能だけではない、乗る人をアツくさせるある使命があるのだ。

そのヒントは正式名称である「GR スープラ」。このGRは「GAZOO Racing」の略。GAZOOってなんだ? その答えを知るためには、10年以上前に時を巻き戻す必要がある。


無理矢理でも、やる。

現在のトヨタ社長、豊田章男氏がまだ社長になる前のこと。2007年に彼が世界的に有名な「ニュルブルクリンク24時間耐久レース」に参戦しようとしたところ、当時のトヨタはすでにスープラを販売を中止しており、生産中のスポーツカーがなかった。

2002年まで販売された2代目スープラ。国産スポーツカーの代表格として名を馳せた。

なので、2005年まで販売していたアルテッツァというスポーティセダンで参戦したのだが、そもそもレースに出ること自体、社内で反対されていた。

ゆえに「トヨタ」と名乗れず、彼とその有志たちで作ったのが「GAZOO」というチーム。その後章男氏が社長になっても、トヨタのスポーツカーやスポーツ用にカスタマイズされた車には名前に「GR」の文字が付くようになった。

レース参戦なんていうと御曹司の道楽に見えがちだが、むしろ彼が無理矢理にでもそのときレースに出ていなかったら、トヨタは今ごろ“品行方正で優等生のような車”しか作れなかったかもしれない。

よく「レース技術の市販車へのフィードバック」と言うが、これは本当に大切で、例えば24時間耐久レースをとっても、24時間全速力で走り続けても壊れないエンジンやミッション、ボディそのほかもろもろ。もちろん燃費が悪いと給油回数が増えて順位を落とすし、24時間走っても(ドライバーは3人交代制だが)ドライバーが疲れないようにしないといけない……。

そのほか、スポーツカーだけじゃなく一般車にも活かせる技術がレースの現場にはタップリある。

メルセデスベンツはそのためにF1をはじめさまざまなレースに今も参戦しているし、BMWもアウディも、ルノーもホンダも……。

それなのにスープラが復活するまで17年間。先に86が2012年に出たけれど、それでも10年間。トヨタはスポーツカーを作らない年月を重ねてしまったのだ。

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100年後に走る車を

新型スープラのテレビCMで章男氏はこんなことを言う。

「100年前にはアメリカには1500万頭の馬がいた。それが今は車に変わったが、それでも競走馬は残っている。だからFun to driveな車は必ず残る」と。

しかし10年余りのブランクの間に、当時スポーツカーを作っていた人たちは現場を離れ、新たに入ってきた人々はスポーツカーなんて作ったこともなかった。なので今回も、レースに参戦した当時のように無理矢理にでもスープラを作った。

実は新型スープラのベースはBMW製。同社のオープンカーZ4のクーペ版がスープラなのだ。

ベースはBMWのZ4。だがもちろん、同じ食材を使っても料理人が違えば味は変わるように、スープラもZ4とはまったく違うトヨタ味に仕上がっているはずだ。

つまり、「Fun to driveな車は残る」と語る章男氏が10年以上の想いを込めて作った新型スープラは、トヨタの次の100年を担うオリジナルのスポーツカーを作るにあたっての試金石というわけ。

そう思うと、章男氏のように“無理矢理にでも”この新型スープラを手に入れる価値は、十分にありそうだ。


籠島康弘=文

# スープラ# スポーツカー# トヨタ#
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