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国境を超えて飲まず食わず歩き通し

2016年、ヨンヒさんは北朝鮮から一人で亡命するが、きっかけとなったのは外の世界を知っていた祖母の存在であった。
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「お祖母ちゃんは韓国のチェジュ島の出身。自分の故郷に戻って死にたい、と実は先に脱北を試みて失敗したのです。



北朝鮮では2009年に国が新札を作って旧札が紙くず同然になったことがあったけど、祖母は結構な額の貯金がほぼ0円になって寝込んだこともありました。『この国は明日何が起こるかわからない』と聞いて、私も国を出ることにしたんです。親戚がいたから日本へ行こうと思いました」。
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北朝鮮を出るには、北部の街から中国との国境である川を渡るしかない。北部の街で「脱北」はよくあることだが、平壌から脱北者が出るケースは稀だという。

「はじめは怖くなかったんです。怖かったらできなかったと思うんですよ。夜中に川を渡るけど、この国道の2/3くらいの幅で、乾季ならすぐ渡れるけどその日は連日雨が降ったあとで水が首くらいまでありました。30分くらいかけて流されながら渡りました」。

この国道の2/3程度の川をヨンヒさんは暗闇の中渡った。

この国道の2/3程度の川をヨンヒさんは暗闇の中渡った。


川を渡れば迎えが来る、と聞いていたヨンヒさんは小さな携帯電話を持ってなんとか向こう岸に辿り着いたが、肝心の電波がなかった。

「中国側は道路があって、すぐに山がある。監視カメラを避けるのに山の中を草をかき分けながら歩いて。すごく怖かったですよ。疲れ切って休もうとしても、野生動物の鳴き声が聞こえるから休めない。飲まず食わず48時間くらい歩いて、もう死ぬかもしれないな、捕まってもいいや、と川に降りて泥水を飲んでいたら車が通って助かったんです」



いろんな奇跡に救われながら移動を続け、ラオスの韓国大使館へ辿り着いたとき、初めて身の安全を感じたという。
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