韓国ドラマの転売で知人が公開処刑
ヨンヒさんの子供時代、2000年あたりからには北朝鮮でも韓国ドラマの存在が出回っていた。中学生の頃には締め付けが厳しくなり、残酷な現場を目の当たりにする。

「当初はそんなに厳しくなかったんだけど、2004年頃から急に厳しくなって。その頃、友達のお母さんが韓ドラをコピーして販売したんです。それが運悪く1号(金一家)のもとまで報告が行ってしまい……。もうひとりの知人の男性と2人が公開処刑されました。
場所? 普段はサッカーの試合をしたりする競技場。小さい頃から一緒にいる友達のお母さんだったから、もうショックで。『一体、どんなドラマを見たら、人がこんな目に遭わされるの?』と疑問に思い、それまで観てこなかった韓国ドラマを見てみることにしたんです。ブランケットを被って、イヤホンつけて観たら……とにかく面白かった(笑)」。

まだ「脱北」という言葉も知らなかった高校時代を経て、大学を卒業したのは25歳。卒業に7年かかったのはこの国ならではの事情があった。
「一生懸命勉強して大学に入ったんだけど、途中で(国が)平壌市内に10万世帯のマンションを作る、となって。平壌市内の大学は閉鎖して学生は全員建設に駆り出されました。機械もないので、セメントを入れたり、資材を20階まで荷上げしたり。作業は2年半くらいしましたね。私の後輩たちなんて入学して1日も勉強しないで建設現場に来たんですよ」。
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