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すべての写真を見るセルジュ・ゲンスブールが愛したレペット、あるいはニューヨークにルーツをもつベルジャンシューズ。肩の力が抜けたスタイリングの仕上げに男たちは華奢な靴を好んで履いてきた。
そんなノンシャランな足元にふさわしい、そして鼻の利く男がまだ嗅ぎつけていない靴がある。それが、ジャズシューズだ。
その名のとおりジャズダンスなどダンスパフォーマンス用のシューズにルーツをもつ。手がけるのはノーサンプトンのクラウンシューズ。ブランドの名は、クラウン・ノーサンプトン。ダンスを愛する紳士淑女のあいだでは知られた存在だった。
300人いた職人が5人に
クラウンシューズはアーネスト・ウッドフォードが1908年に創業したロンドンのビスポーク工房、アーネスト・ウッドフォード&サンがそのルーツだ。
3代目が第二次世界大戦から復員すると、ノーサンプトンに移って量産体制を構築する。1970年代にはモカシンがヒット、マークス&スペンサーなどの大口の取引先を獲得し、大いに潤った。ところが……。
「父の時代に300人いた職人は、わたしが家業入りしたころには5人になっていました」(5代目、クリス・ウッドフォード)
5代目のクリス・ウッドフォード。左の棚に並ぶのがハンドウェルテッドだ。
アジアに生産拠点を奪われたノーサンプトンの凋落と歩調を合わせ、クラウンシューズはまさに風前の灯だった。学校を出たばかりのクリスはハンドソーンウェルテッドを学ぶかたわら、パターンメイキングの仕事を請け負うなどして地滑りが止まらないノーサンプトンの斜面へ必死にペグを打ち込んだ。
転機は21世紀に入ってから。このままでは立ちいかないと考えたクリスがトリッカーズに助言を乞うと、のちのエージェントとなるジーエムティーを紹介された。彼らが興味を示したのはジャズシューズだった。
それは大いにうなずけることだった。オンオフの垣根が低くなり、ウィークデーにスニーカーで闊歩する紳士の姿も珍しいことではなくなっていた。クリスはジャズシューズに一筋の光明を見た。
ジャズシューズは1980年代に誕生した。クラウンシューズにとってその時代は新たな種蒔きのフェーズだった。ジャズシューズのほかにもF1やボクシングのシューズをつくっており、一定の成果を収めたという。
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