ミラノ発のパネットーネVSヴェローナ発のパンドーロ
ミラノ発祥のこの菓子は、ただのパンではない。天然酵母「パネットーネ種」を使い、数日間かけて発酵と休憩を繰り返し、たっぷりのバターと卵、レーズンやオレンジピールを練り込んで焼き上げる。保存料なしでも春先まで持つといわれる「冬の保存食」であり、マンマの知恵の結晶だ。小さい頃に初めて食べたときの衝撃は今でも舌に残っている。
しっとりと重く、ちぎると繊維のようにほどけ、口に入れると濃厚なバターの香りと発酵による複雑な旨味が鼻を抜ける。「ケーキというより最高のブリオッシュだ! Nataleにはこんな美味しいものを食べられるのか!」と大喜びで、チビマッシはおかわりをやめなかった。
左がヴェローナ発のパンドーロ、右がミラノ発のパネットーネ。
実は、ここでイタリア全土を巻き込む争いが始まる。ヴェローナ発祥の「パンドーロ」派との対立だ。
パンドーロはドライフルーツが入っていなくて星型をしている。そして、たくさんの卵を練り込んだ黄金色の生地が特徴だ。食べる直前に、付属の粉砂糖を袋の中に入れて、全力でシェイクして雪化粧をさせてから食べる。このシェイクをしないと、イタリアでは村八分にあう。
「シェイクしないなんて絶対美味しくないし楽しくないよね」「ただ砂糖をかけるだけなんてダメだよ?」と必ず文句が出るのだ。実際は砂糖がかかっていれば味は変わらないはず。でも、この儀式をしないとイタリアでは「美味しくない」のだ。

「レーズンなんて邪魔なだけだ。純粋なバターとバニラの香りを楽しむのがイタリア人だ」と主張するパンドーロ派。「ドライフルーツの入っていないクリスマスなんて、具のないピザと同じだ」と嘲笑うパネットーネ派。この論争は日本の「きのこたけのこ論争」が可愛く見えるほど激しく繰り広げられる。食の好みこそがアイデンティティ。イタリア人はいつだって本気だ。
“イタリアあるある”、ギフト・リレーなる存在
イタリアには、もうひとつ奇妙な習慣がある。「増殖するパネットーネ」現象だ。お歳暮のように、クリスマス前に親戚や知人にパネットーネを贈る習慣がある。
だけど、12月中旬にもなると、玄関にはいただいた箱がタワーのように積み上がる。「グラツィエ!」と笑顔で受け取りつつ、内心では(これで8個目だ……来年のイースターまでかかっても食べきれないぞ……)と冷や汗をかく。

そこで発動するのがイタリア社会の公然の秘密、「ギフト・リレー(Riciclo)」だ。例えば、Aさんから貰ったパネットーネを、翌日会うBさんへの手土産に回す。誰も傷つかない、見事なエコシステムである。
僕はイタリアにいた頃、友人から貰った高級ブランドのパネットーネを別の知人に持っていったら、「あ、これ俺が先週、従兄弟にあげたやつだ! 戻ってきた!」と分かって、爆笑したことがある。
もちろん、これはパネットーネ以外でも、中身が腐るものではない限り行われる。たとえRicicloだとバレたとしても、「面白い偶然だね」と笑って許す、イタリアらしい大らかなエピソードだ。
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