愛車遍歴から見える軌跡

小野さんが免許を取得したのは、浦和レッズ時代、18歳のとき。最初の相棒は、チームから貸与された「三菱・パジェロ」だった。やがて、自分の意思で初めて手にした愛車は、真っ青な「メルセデス・ベンツSLK」。
「結構派手でしたね。正直、自分が欲しかったというより、当時は周りの影響も大きかったです(笑)」と本人は振り返る。
ヨーロッパ移籍後、最初の舞台はオランダ。ここではクラブスポンサーのアウディ車が提供された。ドイツ時代には「アウディ Q7」や「VW トゥアレグ」、さらには「レクサス IS F」と乗り継いだ。なかでもIS Fの圧倒的なパワーには心を奪われたという。
帰国後は、「ポルシェ・カイエン」や「パナメーラ」など、プレミアムSUV・サルーンへの傾倒が目立ち、オーストラリアリーグに移籍すると、スポンサーの関係でヒュンダイ車が支給された。ときには「一度ぶつけちゃって……(笑)」というエピソードもありつつ、各地での相棒との記憶が積み重なっていく。
2度目の帰国以降は「トヨタ・ハリアー」を皮切りに、ジャガー、マセラティ・レヴァンテ、そしてギブリへと、ジャンルも国も超えたブランドを次々に乗りこなしてきた。

これまで語られることのなかった、ドイツ時代のエピソードがあるという。
「ある日、ディーラーでカスタム済みの『レクサスIS F』を見つけて、一目惚れしたんです。予約が入っていたんですけど、“まだ確定していない”と聞いた瞬間、即決しました。翌日には現金を抱えてお店に行きましたね(笑)」。当時は500ユーロ札が主流のなか、約1200万円分の札束を抱えてディーラーへ。スタッフもそれには驚きを隠せなかったという。
ちなみに、これは単身赴任中の出来事で、今も妻に秘密のままだそう。「この記事を読んで初めて知るかもしれないです(笑)」。

多種多様な車に乗り継いできた彼に、車選びにおける心情の変化を聞いてみた。
「若い頃は“見た目重視”。派手な車で『どう?かっこいいでしょ?』って(笑)。でも、それって若い選手に夢を与える意味もあったと思うんです。でも今は、乗り心地や“自分に合っているかどうか”が大事。無理に見せるんじゃなくて、自然にフィットするかどうか。そこを重視しています」。
さらに環境意識も芽生え、EVへの関心が高まったという。「地球にやさしい選択という意味でも、電気自動車には惹かれますね」。
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