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アパレルブランド立ち上げ、旗艦店をクレンショー地区に


生前のニプシーは音楽活動と並行して多くのビジネスにも挑戦し、地域社会への貢献にも積極的に取り組んだ。その代表がアパレルブランド「The Marathon Clothing」である。
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2017年に兄のサミエルとともにクレンショー通りとスローソン通りの角に旗艦店をオープン。当初から自身のルーツであったこの立地にこだわっていた。

警察からの監視や立退き要求にも屈せず、彼らは最終的に店舗が入居する建物を買い取った。2019年の事件後、ブランドへの支持は急増し、実際にニプシーの家族は2022年、ロサンゼルスのメルローズ地区に第2号店をオープンし、ニプシーの夢を実現させた。

なお、旧店舗跡地には若者向けの音楽センターや無料の理髪サービス、記念館などを作る計画が今も進んでいる。
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ニプシーは不動産開発にも積極的だった。Forbes誌によれば、ニプシーはパートナーとともにクレンショー地区の小さなショッピングモールを数百万ドルで購入し、これを6階建ての住宅兼商業施設に再開発する計画を立てていた。

この再開発では「The Marathon Clothing」の新店を基幹テナントとして据える予定で、近く建設予定の軽量鉄道の駅にも近いことから、地元再生の一環として注目されている。

さらにニプシーは、2018年2月には教育・起業支援拠点として「Vector 90」というコワーキング&STEMセンターをクレンショー地区に開設。テクノロジー業界と貧困地域の若者をつなぐこの施設は「多様性を強調し、シリコンバレーへのパイプ役になること」を目的としている。

ちなみにクレンショー地区は、以前住民の多くは黒人系だったが、1990年代からラテン系の移住が増加。現在は黒人系が過半数を占めつつも、ラテン系、白人、アジア系の住民が共存する地域へと変化している。

また、近年では再開発や鉄道の開通により、家賃や地価が上昇し、地域のアイデンティティを守ろうとする動きと、都市の高級化への懸念が同時に存在している。クレンショーは彼の原点であり、彼の死後もその意志を継ごうとする人々が今も街を支えているのである。

代表曲『Grinding All My Life』に見るニプシーの半生


ニプシーの楽曲で特に象徴的なのが、2018年のアルバム『Victory Lap』に収録されている『Grinding All My Life』だ。この曲では生まれてから成功まで一貫して努力し続けた自身の物語が語られている。

『Grinding All My Life - Nipsey Hussle, Victory Lap [Official Audio]』より引用

たとえばHook(サビ)の部分では、以下のようにラップしている。

“All my life, been grindin’ all my life / Sacrificed, hustled, paid the price”(人生のすべてを努力し続け、犠牲を払い、その代償を支えてきた)

このパンチラインは、幼少期から苦労を重ねてきたニプシー自身の半生を端的に表現しており、「成功の裏には血の滲むような努力があった」という彼の生き様とメッセージを象徴しており、多数の人の心を掴んでいる。

グラミー賞も受賞したニプシーの功績

名前の由来:本名の「エルミアス(Ermias)」は、エリトリア語で「神は復活する(God is risen)」を意味すると伝えられている​。出生名が示すように、父親はエリトリア出身で、ニプシーも生涯エリトリア系アメリカ人としての自覚と誇りを持ち続けていた。
 
高額販売ミックステープ:2013年に発表したミックステープ『Crenshaw』は限定1000枚を1枚100ドルで販売し、大手アーティストのジェイ・Zも100枚購入するなど話題になったことがある。この独創的な販売戦略で得た資金を彼は自己投資し、独立レーベル運営の足がかりとした。同様に2014年のミックステープ『Mailbox Money』は限定100枚を1000ドルで売り切った実績もある。

受賞・追悼:彼の死後も業績は評価され続け、2020年のグラミー賞では追悼的にノミネートされた曲『Racks in the Middle』が「最優秀ラップパフォーマンス賞」を、『Higher』が「最優秀ラップ&ソング・パフォーマンス賞」を受賞し、遺族がトロフィーを受け取ったこともある。

俳優活動:ニプシーは音楽だけでなく映画にも出演経験がある。2007年の『I Tried』(Bone Thugs-n-Harmonyのセミ自伝的作品)や、2010年のアクション映画『Caged Animal』などにカメオ出演した実績もあった。

これらの活動と姿勢は、ニプシー・ハッスルが単なるラッパー以上の存在であったことを物語っている。アパレルブランド名にもなっていた「マラソン」という彼のコンセプトは、仲間や地域の人々に「地道な努力こそが成功に繋がる」という教訓を残し、その思想と魂は現在も多くの黒人たちに語り継がれている。



ニプシーはただの“ラッパー”でもなく、ただの“ギャングスター”でもない。自身が置かれた過酷な環境で賢明に生きていく中で、その環境をより良くしようと実際に行動を起こし、地元だけでなくHIPHOP業界全体に好影響を与えたのだ。

HIPHOPは「悪」のイメージを持たれることが多いが、過酷な環境に生きる黒人たちは決して犯罪をしたくてしているわけではなく、ただ、環境を良くしたいがために必死に生きていることが、ニプシーを通して理解できるのだ。

彼の意志は死後の現在もHIPHOPシーンの中で生き続けている。

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ショットガンダンディ=文 佐藤ゆたか=写真 池田裕美=編集 
マンハッタンレコード=撮影協力 

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