ロースティングの進化、「怒ったら負け」の暗黙ルール
奴隷制度廃止前から行われてきたロースティングは、黒人のコミュニティに深く根付いた。基本的に「怒ったら負け」という暗黙のルールを元に、時代とともに形を少しずつ変えて、さまざまな進化を遂げていった。
例えば、ステージにひとりで上がってジョークを披露するスタンドアップコメディがある。もちろんコメディアンによって独自のスタイルはあるが、観客を「イジる」コメディアンが多い。しかも普通のイジりではなく、かなりキツめの「文句」を平気で浴びせるのだ。

ふくよかなお客さんを見れば体重をネタにイジったり、髪の毛が薄いお客さんがいればハゲていることをイジったりも平気でする。それでも観客は、イジられている本人も含め笑うのだ。
これはロースティングという文化が根付いたアメリカならではの光景であり、観客にも「怒ったら負け」という認識が根付いているからこそ成り立つ光景なのである。さらに言えば、複数のセレブたちがステージ上で互いのロースティングをしあうテレビ番組すら存在するのである。
「暴力に発展したら負け」のビーフが最悪の事態を生むことも
HIPHOPにおける「サイファー」もロースティングが進化した形の1つだ。「サイファー」はラッパーたちが円を組み、お互いにラップをフリースタイルで披露する「集まり」であるが、まさに奴隷制度時代に黒人たちが集まって円を組むところも、互いの想いを披露するところも非常に似ている。
とはいえ、披露するラップの内容は必ずしも相手を罵声するものではなく、ポジティブなことをラップしても良いし、サイファーは非常に平和的な進化だと言える。
最後に「相手に罵声を浴びせる」というロースティングの要素がそのまま入っている「ビーフ」は、相手の悪口が入った内容の曲を交互に出し合うのが基本なのだが、ここでも「暴力に発展させた方が負け」という意識がある。

競争心が強いアメリカの国民性も合わさって、「どちらの方がラップスキルが上であるかを罵声しながら競うもの」という認識を持っている人が、ラッパーにも聴き手にも多い。
しかし、ビーフにはさまざまな意見がある。個人的に受け止め過ぎて本気で怒ってしまうラッパーもおり、暴力に発展するケースもないわけではない。
ビーフが元になって暴力沙汰に発展した代表例として知られているのが、西海岸は2PAC、東海岸はNotorious B.I.G.という2人の大物ラッパーの死である。しかし、この悲劇は2人のラッパーのビーフだけでなく、多数のラッパーたちやレーベル、ギャングなどが絡んでおり、ビーフだけで死者が出たわけでもなく、非常に複雑な事件だったことでも知られている。
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