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ビーフに対する日本とアメリカの認識の違い

このコラムを書く動機のひとつでもあるが、「ビーフ」に対する認識がアメリカと日本ではかなり違うことに気付かされた事件がある。ウィル・スミスのビンタ事件である。

2022年3月27日に行われたアカデミー賞の生放送中、司会進行を任されていたクリス・ロックというコメディアンは、いつもの感じで観客をイジりながら祭典を進めていた。

上記でも述べたがアメリカでは観客をイジるのがコメディアンの仕事のひとつという認識がある。客席にはウィル・スミスが妻のジェイダ・ピケット・スミスと一緒に座っていた。丸坊主にしたジェイダを見たクリス・ロックは、「G.I.ジェーン」という主人公の女性が丸坊主をした映画を引き合いに出しながら、髪型をイジったジョークを飛ばしたのである。


ウィル・スミスを含め、観客ははじめ笑っていたが、妻のジェイダは呆れ顔をみせていた。それを見かねたウィル・スミスが急に立ち上がり、クリス・ロックのもとへ行っていきなり強烈なビンタを食らわせてしまったのである。すぐさま席に戻って「俺の妻の名前を軽々しく口にするな!」と2回も罵声を浴びせたという事件だ。
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ほかの客の反応を見ていたらわかるが、ビンタをした直後まで「これも台本とおり」だと思ってる空気が流れていたが、2回の罵声が終わると同時に「あれ? ガチじゃん!」という空気に一気に変わったのも印象的である。

この事件が起きたとき、アメリカでも日本でもかなり話題になったが、ここで興味深い現象が起きた。もちろんどちらの国でも賛否は分かれたが、アメリカでは「過剰に反応したウィル・スミスが完全に悪い」という声が多く、実際アカデミー賞から出禁を喰らう結果になった。

対する日本では「妻を侮辱されたことに怒ったウィル・スミスは偉い!」という声が多かったのである。



もちろん、どちらが正しいとかの話ではなく、これは単純に「文化の違い」によって起きたことであり、私は「ロースティング」という文化の有無に意見が分かれた根源があると思っている。

ロースティングが進化した文化では、コメディアンが観客を過激にイジるのは日常茶飯事だし、上記で記した通り「暴力に発展させたら負け」という認識があるため、「仕事をしただけのコメディアンに対し、生放送中に取り乱してビンタしたウィル・スミスが悪い」という認識になるのだ。

日本ではロースティングという文化がないので「妻を侮辱された夫が、妻のために怒るのはカッコいい!」という認識になったのだと思う。念を押すが、良し悪しの話ではなく、単純に文化が違うから起きた認識の違いなだけの話である。

この違いと同様、「ビーフ」もアメリカと日本では認識のズレが少しある。ラッパーたちが互いにかなりの悪口を含む曲を出し合うビーフ。アメリカでは街で起こるガチな喧嘩ではなく、ボクシングのように、リング上でスキルを競い合う“競技”のように認識している人が多い。



対する日本では、上記の例で言えばガチでストリートの喧嘩として見えている人が多いように感じる。

もちろんアメリカにも例外はあり、暴力沙汰に発展することはあるものの、ビーフはラッパーのスキルを誇示し合いながら、どちらのラップが上手いかを競っている感覚の方が強い。これはやはりロースティングという文化の有無が生み出した認識の違いなのである。

現在、HIPHOP界ではケンドリックとドレイクの史上最大級のビーフをきっかけに、アメリカのラッパーたちはスキルを高める意識がこれまで以上に強まっており、再び東対西の盛大なビーフ合戦に発展している最中である。

だが、「ロースティング」から進化した「ビーフ」はあくまでもラッパー同士が肉を焼き合い、スキルを誇示し合う「競技」であることを意識しながら見届けてもらいたい。HIPHOPをもっと楽しんでいけると思う。

ショットガンダンディ=文 佐藤ゆたか=写真 池田裕美=編集 
マンハッタンレコード=撮影協力 

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