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2024.08.31

ライフ

ライフセーバーの世界大会に挑む日本代表キャプテンの想い「競技を通して、未来の海を変える」



「SEAWARD TRIP」とは……
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この夏、2年に一度の世界選手権が開催される。

豪州ゴールドコーストを会場におよそ50カ国、5000人超のアスリートが集う「ライフセービングワールドチャンピオンシップス2024」。日本からも男女12人の精鋭が挑む。
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その日本代表キャプテンの上野 凌さんに、ライフセービングの魅力と可能性について伺った。

夏の世界選手権では、メダル獲得を目指す

「目指すはチームが総合5位。個人としてはメダル獲得です」と言うのは日本代表キャプテンの上野凌さん。世界選手権には2016年大会に19歳で初出場。今回で3度目の出場となる実力者だ。

本大会では、プール競技、オーシャン競技、実際にレスキューを想定した競技の3カテゴリーにおいて、男女合計43種目が予定されている。

その中で上野さんは、リレーなどチーム種目に加え、海で行われるオーシャン競技の個人種目、サーフレースとボードレースに出場。サーフレースは約170mの沖合に設置されたブイを泳いで回ってくる競技で、ボードレースはパドルボードを使い、パドリングをしながら約270m沖合にあるブイを回ってくる競技だ。

「豪州はライフセービング大国。なかでもゴールドコーストは聖地といえる場所です。地元の注目度は高く、大会もかなり盛り上がると思います。

特に今回の会場は日常的に波のあるビーチ。もしサイズのある波がヒットすれば、オーシャン競技は単純な泳力勝負ではなくなります。

海の状況を見極める力も必要となって総合力が試される場となり、またシンプルにダイナミックなシーンが多くなるはず。熱狂するギャラリーが出てくるでしょうね」。

競技は海とプールを舞台とする。前回のイタリア大会ではプール競技が花形だったというが、背景に同国では水泳連盟に属す形でライフセービング協会があることや、海はあるが波はそれほど大きくない土地柄がある。

対してオーストラリアはビーチカルチャー大国であり水泳強国。海に慣れ、泳力に長けた選手たちが母国で戦うのだ。熾烈な争いは必至。盛り上がらないわけがない。

日本もこれまで爪痕を残してきた。18年豪州アデレード大会では団体プール競技の4×50m障害リレーで世界一に。ビーチフラッグなど砂浜での種目でも上位入賞を果たすことが多い。

さらに最近は競技力の進化が目覚ましく、国別成績の目標を前回大会の7位を上回る5位とするあたりに、その自信は垣間見える。

「挑むからには上位を狙いたいと、代表選手はみんな前回以上の成績を残す意気込みで現地入りします。

ただ、僕らライフセーバーにとって大会の成績がすべてではなく、競技の根底には日常的な水辺の事故を減らすという目的があります。世界選手権での姿は、僕らの存在そのものや活動を多くの人に知ってもらうきっかけにしていきたいですね」。

その思いの根底には苦い思い出がある。

大学4年時に出場した国際スポーツ競技大会の「ワールドゲームズ」。リレー種目で代表チームのメンバーが世界新記録を出して見事に優勝し、これで大いに報道されライフセービングのことを多くの人に知ってもらえると期待した。しかし、メディアにはほとんど取り上げられることがなかった。

世界大会で優勝をしてもライフセービングの普及にはつながらない。その痛みは、自身の就職先を決めさせるほどに大きなものだった。
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大手コンサルに就職し二足の草鞋の生活へ

ライフセービング日本代表 上野 凌さん●1995年、神奈川県生まれ。今夏の世界選手権へ出場するライフセービング日本代表キャプテン、かつ日本ライフセービング協会スポーツ本部副本部長。父親がサーファーであった影響もあり、幼少期から海に親しむようになる。小学1年生で水泳を始め、小学2年生で西浜SLSCに所属して現在にいたるキャリアを築き始める。

ライフセービング日本代表 上野 凌さん●1995年、神奈川県生まれ。今夏の世界選手権へ出場するライフセービング日本代表キャプテン、かつ日本ライフセービング協会スポーツ本部副本部長。父親がサーファーであった影響もあり、幼少期から海に親しむようになる。小学1年生で水泳を始め、小学2年生で西浜SLSCに所属して現在にいたるキャリアを築き始める。


生まれ育ったのは湘南・鵠沼海岸。父親がサーファーであることからも幼少期から海を身近に暮らし、小学2年生から地元の西浜サーフライフセービングクラブ(西浜SLSC)に所属した。

そのライフスタイルをベースとして、大学では環境と社会や情報などの関わりを学びたいと慶應義塾大学の環境情報学部へ。そして4年時に「ワールドゲームズ」での出来事に遭い、就職先を大手コンサルティングファームとすることに。

「あのとき、競技で結果を出しても、伝えてくれる人がいないのだと痛感したんです。

もともとライフセービング自体が広く普及していないことや、水辺の安全とリスクに対する一般的な意識の低さが気になってはいました。だから競技を頑張れば状況を変えられると。
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ですが実際はメディアとのコミュニケーション不足や、組織や活動を戦略的に推進させられる文化がないといった僕ら側の問題も感じたのです。日本のライフセービングの進化にはコンサル的な視点が必須。

その気付きがあって、協会に貢献できる人材になりたいと強く思うことができました」。

卒業後はスポーツ本部副本部長として協会にも携わりつつライフセーバーとコンサルタントの二足の草鞋を履く生活へ。その実、会社員としての日々は大いに刺激になるという。

「大前提として、会社の深い理解があって海での活動ができています。そのうえで、資料作成ひとつとっても、日常業務で参考になることはとても多いと感じています。

それに今、スポーツ×地方創生という文脈のコンサル業務に取り組んでいるんです。地域や行政における課題をひもとき、スポーツが地域に還元できることは何かと思考しプロジェクトを構築するのですが、これまでのキャリアがあるからスポーツの利点を考えられる。

コンサルタントとしてのキャリアはまだまだですが、やがて相互の専門性を活かし合えるプランを創出し、ライフセービングにも還元できるようになりたいですね」。

日本の海辺の町の多くは少子高齢化、人材流出にあえいでいる。

夏だけ設置される海水浴場へ来る人の数も減少。海水浴場文化によるビジネスモデルに変革期が訪れているといえ、通年で海のプレゼンスを向上させる施策が必要だと上野さんは説く。

大切なのは多くの人が楽しく過ごせる海であることだ。そしてその変化の中心的な役割を、地域社会に根ざし、水辺の安全を担保するライフセーバーが担えるのではないかと、そう考えている。
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