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わからないままにしておく力を身につける

養老 身体や脳のいろいろなデータを測って、それを基に教育政策を考えるのは、ちょっと危険な気がしますね。

現代の医療もそのような傾向が強くなっています。医者は目の前にいる患者の身体より、検査で出てきた数字だけを見て、その数値を正常値に戻すことが仕事になってしまっている。

でも、そんなことをしなくても、当人が元気で動いていればいいんですよ。

春山 つまり、部分部分でしか物事を見なくなっているということでしょうか。

養老 そうです。検査の数値結果から、薬を飲む、手術をする、あるいは生活習慣を改善する、などと決められていく。これから医療分野でAIの活用が進めば、ますますその傾向は進むでしょうね。データをすべて否定するということではありませんが、それだけを判断材料にするのはどうかと思います。

そう言えば、おもしろい統計があって、しょっちゅう医者にかかるグループとかからないグループで分けると、医者にかかっているグループの方が死亡率が高いのです。

もちろん、必要に応じて病院を受診することは大切です。でも、心配だからと言って何でもかんでも医者に診てもらうのは、やり過ぎです。僕はできるだけ、そういう余計なことをしないようにしています。

これは医療の話だけではなくて、教育でも、成績をデジタル管理して、個人の能力を数値化しようとしていますね。でも、自然体験で身につく力は、数値で測ることなどできません。

春山 同感です。

偏差値教育はやめた方がいい

養老 やはり、偏差値教育をやめないといけないと思いますね。また虫捕りの話になりますが、虫捕りをやれば、努力、根性、辛抱は、必ず身につきますよ。

一匹も捕れなくても、「今日はダメでも明日こそは」と、待つのがあたりまえですから。そうやってようやく捕まえたときのよろこびを、今のこどもたちにも味わってほしいですね。

虫捕りは遊びですが、農作業などで日常的に自然とつきあう必要があった昔の人は、辛抱や努力する性質を持っていたはずで、身体を使って暮らしを営むというのが、本来の姿だったろうと思います。

天気一つとっても、人間はコントロールすることができません。

思い通りにならない自然となんとか折り合いをつけるためには、地道な努力や、予測できないことを受け入れ、わからないことは「まあ、こんなものだろう」と空白のままにしておかなければならないのです。

春山 そうですね。自然と触れ合うことで、こどもたちに自分の身体で実感してほしいですね。

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養老孟司(ようろう・たけし)
1937年神奈川県生まれ。解剖学者。東京大学医学部卒業。東京大学名誉教授。『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。著書に、『唯脳論』『バカの壁』『子どもが心配』など多数。日本の森林を次代に生かすための政策提言などを行うNPO法人「日本に健全な森をつくり直す委員会」の委員長を務める。

春山慶彦(はるやま・よしひこ)
1980年福岡県生まれ。ヤマップCEO。同志社大学卒業、アラスカ大学中退。『風の旅人』編集部に勤務後、福岡へ帰郷。2013年にITやスマートフォンを活用して、日本の自然・風土の豊かさを再発見する仕組みをつくるため登山アプリ「YAMAP」をリリース。アプリは2024年1月時点で410万DL。国内最大の登山・アウトドアプラットフォーム。2018年内閣府が主宰する「宇宙開発利用大賞」において「内閣府特命担当大臣(宇宙政策)賞」を受賞。



東洋経済オンライン=記事提供

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