種田山頭火が居を構える
再び一の坂川沿いの道をぶらついていると、種田山頭火の句碑が目に留まった。
おいとまして 葉ざくらの かげがながく すずしく
昭和9年(1934年)頃、山頭火が参加していた後河原(一の坂川が流れるあたりの地名)の旧家での句会で詠まれた一句のようだ。句碑の解説には、漂泊の俳人・種田山頭火は後河原をこよなく愛したとある。
種田山頭火の句碑(筆者撮影)
西日本を中心に放浪の日々を送っていた山頭火が1932年、50歳の時に小郡町(現山口市小郡)に「其中庵」を設けた。その家を事前に見分に出かけた際の様子を、山頭火はある随筆の中にこう書き残している。
山手の里を辿って、その奥の森の傍、夏草が茂りたいだけ茂った中に、草葺の小家があった。久しく風雨に任せてあったので、屋根は漏り壁は落ちていても、そこには私をひきつける何物かがあった。私はすっかり気に入った。
漂泊の旅を続けてきた山頭火は、こうして生まれ故郷・防府に近い小郡に居を構え、この地に6年間とどまって4つの句集を出版するなど充実の日々を送ったとされる。
雪舟と種田山頭火。歴史に名を残した2人の文化人が、自然豊かで文化の香りが色濃いやまぐちの地をこよなく愛したということだ。ちなみに明治40年生まれの詩人・中原中也もこの地の出身。下宇野令村(現・山口市湯田温泉)生まれで、山口中学校(現山口県立山口高校)に通っていた。
一の坂川沿いには気になるカフェや日本茶の店などが点在しているが、訪れた日はいずれも定休日だった。桜の時季にこのあたりで一服しながら景色を眺めるのは最高だろう。
カフェをあきらめてしばらく進むと、「日本一 揚げたてホカホカ 山口名物 全国手造りコロッケコンクール金賞受賞」というコロッケ店(肉屋さん)をみつけた。買い物を終えて出てきた女性に「おいしいんですか」と聞くと「ええ、とっても」と微笑んでいる。これは食べるしかないだろう。
店内のコロッケコーナーには、昭ちゃんコロッケ、ハムコロッケ、牛すじコロッケ、ミンチカツなど揚げ物類がずらり。注文すればその場で揚げてくれる。1個130円の牛すじコロッケを購入し、歩き食い。ほんのり甘く牛すじの香りが口の中で広がる。思わぬめっけ物に遭遇し、得した気分だ。
今回は時間がなくて訪れることができなかったが、一駅隣には約800年の歴史をもつ名湯・湯田温泉がある。中原中也記念館のほか、「狐の足あと」という情報発信スポットがあり、ここでは足湯につかりながら地酒や地元食材を使ったスイーツを楽しめるという。
歴史の舞台になってきた土地
「西の京 やまぐち」を歩き回って感じたのは、室町と明治維新という2つの大きな歴史の舞台になってきた土地がもつ歴史の奥行きの深さと、雪舟や山頭火が愛した素朴で趣のある自然と街並みの居心地の良さ、文化の香りである。
今はまだ観光客が少ないので、そうした街の魅力を静寂な雰囲気のなかで体感できる。SLやまぐち号で津和野まで足を延ばすのもいいかもしれない。大内一族が築いた西の京。ゆっくりと時間をかけて、季節ごとに楽しんでみたい土地である。