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なぜ世界が滅びる?

コロンビア出身のノーベル文学賞作家ガブリエル・ガルシア・マルケスの代表作にしてラテンアメリカ文学の最高峰とも称される長編小説、『百年の孤独』。架空の地マコンド村を舞台に、ブエンディア一族の繁栄と衰退の百年を描いた壮大な年代記だ。
 
本作の最大の魅力は、血に呪われた一族の百年の歴史が、現実と非現実が混じり合う独特な空気の中で語られると同時に、「孤独と愛」という重厚なテーマが描き出されたところにあると言っても良いだろう。

一冊の書物のなかにおさめられた(時に錯綜する)濃密な時間のなかで、奇想天外な出来事が起こり、愛憎と欲望が渦巻き、怒りと絶望が溢れ、読み進めるうちに読者は物語が持つ圧倒的な力に吞み込まれていく。ガルシア・マルケスの想像力やほとばしる生のエネルギーによって、文学の可能性を広く世界に知らしめた記念碑的作品だ。

日本では1972年に初めて新潮社から出版され、新装版、改訳版、さらにその新装版……と、装いを変えながら、50年以上もの間愛されてきた。

だがこれほど長きにわたって売れ続けているにもかかわらず、本書は一度も文庫化されたことがない。

ガルシア・マルケスといえば、『族長の秋』、『予告された殺人の記憶』など、すでに多くの作品が文庫化されている。またラテンアメリカ文学界全体で言うと、マリオ・バルガス・リョサ『都会と犬ども』やホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』など、名作と言える作品の多くが様々な出版社から文庫化されている。



そのような中で、ラテンアメリカ文学ブームの頂点に立つ『百年の孤独』の文庫化は当然と思われるが、なぜか一度も文庫化されずにここまで来た。

いつから「『百年の孤独』が文庫化されると世界が滅びる」と言われるようになったかは定かではないが、本書のような作品が文庫化されていないということがどれほど稀有な出来事であるかや、いかに『百年の孤独』=「文庫化されない特殊な小説」としての認識が広まっていたかがよく分かる言葉である。

文庫化の話題と同時に、SNSでは一時「世界が滅びるのでは」という声が多く飛び交った。


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