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2023.11.20

ライフ

大谷翔平を高みへ押し上げた「陰徳」の力。ゴミ拾い、審判や相手投手への態度について

Getty Images

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当記事は「Forbes JAPAN」の提供記事です。元記事はこちら。


今年度も大活躍した大谷翔平選手。ワールドベースボールクラシックで日本代表優勝の立役者となり、米大リーグでは、44本の本塁打を放ち、日本人初のタイトルを獲得した。二刀流での活躍は言わずもがな。

その人間性にフォーカスされた報道が多いのも、大谷選手らしさである。

たとえば「ゴミ拾い」。大谷選手は試合中や練習中、ベンチやフィールドに落ちたゴミを拾う姿がたびたび報道されている。また、審判と実によい笑顔で会話する様子、時には「抱擁を交わす」様子もメディアが頻繁に伝えている。

活躍の奥に、かくれた恩徳の存在


また、韓国で4月5日に行われたマリナーズ戦でのエピソードが「大谷はマナーを忘れなかった」として広く報じられたことも記憶にあたらしい。

この試合で大谷は初回、新ルール「ピッチクロック」に引っかかり、フィル・ネビン監督とともに審判と話をすることになった。だが審判への確認中、その審判の腰にあったボールケースにひょいと手を伸ばしてボールを取り、相手チームマリナーズの投手に投げて渡したのだ。相手チームの投手が、このロスタイム中に投球練習ができるようにだ。

今期のリーグ終盤、負傷者リストに入った大谷選手は、チームや個人の成績に直接関与することはなくなったが、経験の浅い若い選手を中心に様々なアドバイスをおくったという。

昨年ドラフト1巡目で入団したものの調子を落としていたザック・ネト選手。身振り手振りで打撃フォームの助言を行う姿は、印象的なものがある。

──前漢の武帝の時代に、淮南王劉安が学者たちに編纂させた思想書『淮南子』に「陰徳」という言葉がある。

意味は「人に知らせずひそかにする善行。かくれた恩徳」である。大谷選手のさまざまな行動にはまさにこの「陰徳」がうかがわれるではないか。

「彼はお手本だ」


今年のドラフト1巡目指名されたノーラン・シャヌエルは、1番バッターとして活躍。2番に入る大谷に繋ぐ重要な役割を担っている。そんな彼も、大谷選手のピッチ内外での言動に感化されており、「彼はお手本だ」と公言。試合前の準備から、活躍した試合後の所作まで、アメリカの若者に影響を与えている。こういったエピソードはシーズンを通して、ぼろぼろ出てくる。

大谷選手のチームを想う行動はピッチ外だけではない。これは一例だが、ワールドベースボールクラシックの準々決勝(イタリア戦)で、大谷選手は見事なセーフティバントを決めている。投打の二刀流で先発出場しており、1〜3回を力投していた大谷選手。3回の攻撃、1死一塁からの初球セーフティバント。

熱い投球を続けるなか、冷静なバントを決めて攻撃の流れを引き寄せた。一塁にランナーがいることから、強気なバッティングを期待しがちななか、見事に裏切ってくれた。精神的な逞しさは、観ている我々以上に相手チームを驚かせただろう。いうまでもなくこの試合も二刀流の大谷選手の活躍があって勝ち進んだ。

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ここで「陰徳」について語られている書籍『人間力のある人はなぜ陰徳を積むのか』(三枝理枝子著、モラロジー道徳教育財団刊)を開いた。

「阪神タイガースで活躍した吉田義男選手が、フランスのナショナルチームの監督になったとき、外国人に犠牲バントや犠牲フライを教えるのがとても難しかったと語っていました。海外の選手にとっては華々しいホームランが一番の目標であり次のバッターのために自分が犠牲になるなんて考えられない」(書籍『人間力のある人はなぜ陰徳を積むのか』)

これは書籍『人間力のある人はなぜ陰徳を積むのか』の著者・三枝理枝子氏の言葉。当然、それに似合った力量のある選手なので、ホームランを狙って当然ではあるものの、日本人は日本人なりの強みがあるという。

「日本人は、犠牲になるのは弱いからではなくて、強いからこそ犠牲になれることを知っています(中略)聖徳太子が『和をもって貴しとなす』と十七条憲法で説いたように、日本人は古くから、人の和を尊び、仲良くすることを第一にしてきました。ただ一緒に何かやればいいというわけではありません。

自分の意見や信念はきちんと持ち、他に依存することなく、互いを尊重しながら調和を図っていく。『和して同ぜず』が日本人のめざす『和』のイメージでしょう。どこかに無理が生じそうになったら、お互いが少しずつ我慢できるところを探し、痛みを分け合い、争いに発展しないよう協力し合うのです」(書籍『人間力のある人はなぜ陰徳を積むのか』)

大谷選手だけでなく、状況に応じて誰もがいつでも「犠牲バント」を打てるところに、日本人の強さがあるのだ。しかしながら、「陰徳」は、身だしなみや振る舞いなど、周囲から見えるところだけ磨くのではなく、内面を掘り下げる作業。

自分だけにしかわからない影の部分でもあるので、誤魔化すことも容易。だからこそ、日々、継続的に自分と向き合う難しさもあり、それを乗り越えてこその「陰徳」なのだ。

世の中のヒーローにはいろんなタイプがあって然るべきだが、「陰徳」ある大谷選手も、そのうちの一つのスタイルだと言えるだろう。
上沼祐樹◎編集者、メディアプロデューサー。KADOKAWAでの雑誌編集をはじめ、ミクシィでニュース編集、朝日新聞本社メディアラボで新規事業などに関わる。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科を修了(MBA)し、大学で編集学について教えることも。フットサル関西施設選手権でベスト5(2000年)、サッカー大阪府総合大会で茨木市選抜として優勝(2016年)。



編集=石井節子
記事提供=Forbes

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