▶︎すべての写真を見る 国内外30カ所以上もの被災地へ赴いた実績を持つ国際災害レスキューナース、辻 直美さんに聞く最新の防災テクニック。
「震度6以上の地震が発生した際の自宅避難」というシチュエーションにおける、「水の備蓄」のポイントを紹介した
前回に続き、今回は
「食品の備蓄」の最適解を教えてもらった。
教えてくれたのは…… 辻 直美さん●国際災害レスキューナース、一般社団法人育母塾代表理事。国境なき医師団の経験を経て、現在はフリーランスのナースとして活動。講演と防災教育を行いながら、要請があれば被災地にも出向く。国内外の被災地で数多くの実地経験を持つ、防災のエキスパート。
食べ慣れていない非常食より、家族の定番をストックすべし
防災月間の9月を境に、スーパーやホームセンターなどで防災用品の特設コーナーを度々目にする。そこで思い立ったようにひと通りの備蓄品を揃え、「これで、いつ災害が起きても何とかなる」と、とりあえず安心してしまう人がほとんどだろう。
だが、辻さんはその慣習にノーを突きつける。
「私は基本的に、『災害用』として売られている食品は一切備蓄していません。理由はズバリ、高いのに美味しくないから。『普段食べ慣れていないもの』『食べたことのないもの』を食べることは、それだけで非日常感が強くなります。ましてや、停電や断水が起こっている状況と考えると、どんどん窮屈になって結果、心が折れてしまうんです」(辻 直美さん、以下同)。
これは辻さんが実際に経験したことだが、災害時の配給に同じ食品が続くと「ほかのものを出せ!」などと怒り出す人もいるのだとか。はるばる遠方から届いた救援物資なのに、である。
「缶詰でもレトルト食品でも、防災用に買うなら2つ買ってみて、1つはまず食べてみること。それで美味しくなかったら、その家の備蓄品としては不適当だということです」。
また、災害用食品はコスパが悪い点も留意すべきだ。
「例えば、炊かなくてもお湯や水を注ぐだけでOKという理由で、非常食の定番になっているアルファ化米。あれって、おにぎりを1個作るのに、60〜70mlもの水を使うんです。断水した際に水がいかに足りなくなるかは
前回お話ししたとおり。そう考えると、はっきり言ってコスパが悪すぎます」。
ならば、パックご飯ならどうか。
「震度6以上であれば、停電している場合がほとんど。災害時に電子レンジは使えないと思った方が良いでしょう。湯煎してもいいですが、それも水を使いますよね。であれば、雑炊やパエリアなど、少量の水で調理できるものを考えた方がいいと思います」。
なるほど。調理法をアレンジすればいいと考えると、非常用として別個に用意する必要はなく、普段食べている米を少し多めにストックしておけば済む話だ。
「米にしても、パスタにしても、インスタントラーメンにしても、それぞれの家庭で、定番のストック品として決まっているものがあると思います。それってつまり、『家族みんなが好きなもの』ですよね。そういうものを常に、プラス3食分くらい多めにストックしておけば1週間くらいは凌げると思います」。
最強のアレンジ食は「サッポロ一番 塩ラーメン」
ここでカギになるのが、定番食材をアレンジする力。普段から料理をしている人なら簡単だろうが、そうでない人はレトルト食品や缶詰、カップ麺などの出来合いのもので耐えなければならない。その状況を想像してみると、すぐさま飽きが来ることは目に見えている。
「だからこそ、モノをストックするのではなく、スキルをストックしてほしいんです。私は同じ食材でいろんなバリエーションを楽しむ方法を日々、実験感覚で実践しています」。
塩ラーメンをカルボナーラにアレンジ!お皿にラップを敷いて、洗う水を節約している。『地震・台風時に動けるガイド-大事な人を護る災害対策』 発行:メディカル・ケア・サービス株式会社 発行発売:株式会社 Gakken 監修:辻直美 撮影:田辺エリ
辻家の定番はインスタントラーメン。それも「サッポロ一番 塩ラーメン」が、最もアレンジが効くのだそうだ。
「基本的に、私は塩ラーメンのままは食べません。焼きそば、そば飯、パスタとして使います。『今日はパスタが食べたいけどパスタ麺のストックが少ないし、買いに行くのも面倒だから、インスタントラーメンをアレンジして作ろう』ということを、日常的にやっています」。
しかし、「醤油」でも「味噌」でもなく、なぜ「塩」なのか。
「試行錯誤の結果、アレンジするのに『塩ラーメン』がいちばん使いやすかったんです。いろいろな食材や調味料と、粉末スープとの相性が良かったんですよね。例えば、トマト缶を混ぜても邪魔にならない。そんなわけで我が家では『サッポロ一番 塩ラーメン』のストックが一番多いです」。
実はとんこつラーメンがいちばん好き、という辻さんだが、とんこつスープではあまりアレンジが効かなかったそう。とはいえ、ストックはしているようで、辻家では「塩:5、とんこつ:2、醤油:2、その他:1」といった割合で、常時1人10個くらいのインスタントラーメンをストックしているのだとか。これはご参考までに。
食品の備蓄と同時にアレンジ力を備蓄する
もちろんインスタントラーメン以外にも、普段から食べ慣れている食品をアレンジする方法はさまざまだ。
「パスタソースなんかも、私は調味料として使うこともあります。ジェノベーゼのソースを蒸した野菜にかければ、十分ごちそうになります。避難時に何があって何がないかはわかりません。だから、あるものだけでどう美味しくアレンジできるかを実践しておくことが大切です」。
ちなみに、味付けの面で注意してほしいことがひとつあるそう。
「被災するとストレスが溜まるので、濃い味付けを求める傾向にあります。そうなると、水をたくさん飲みたくなってしまうし、放っておけばエコノミー症候群になる恐れもあります」。
そこで辻さんがおすすめするのが、スパイスだ。
「最初は薄味に。飽きて変化をつけたくなったら、味変するのにスパイスは有効です。タイム、コリアンダー、ガラムマサラなど、さまざまなスパイスを常備しておくと良いでしょう。キャンプをする方なら、アウトドア向けの万能スパイスなんかもおすすめです」。
結局食べない備蓄品ではなく、好きなモノを美味しくアレンジするスキルを備蓄する方が大事。そうやって辻さんが口を酸っぱくして言うのには、こんな理由もある。
「震災のとき、お店から失くなるモノの第1位は、やっぱり食べ物です。中でもおにぎり、菓子パン、カップラーメンは、店頭からすぐに消えます。
でも考えてみてください。震災後に外を出歩くのって、とても危険なんです。だからこそ、家にあるもので何とかならないものかといつも考えています。買いに行かなくて済むように備えることこそ、何よりの防災ではないでしょうか」。
辻 直美さんの著書はコチラ▼ 『地震・台風時に動けるガイド-大事な人を護る災害対策』 発行:メディカル・ケア・サービス株式会社 発行発売:株式会社 Gakken 監修:辻直美 撮影:田辺エリ