大谷翔平を褒めない理由
日本ハム時代の恩師である栗山氏は、今の大谷選手の姿を想像できていたのだろうか。
2023年3月9日 WBC1次ラウンド 日本×中国 8回1死満塁 山田哲人のレフトへのタイムリーヒットでホームに生還した大谷翔平(右)を出迎える栗山英樹監督(写真:東京スポーツ/アフロ)
「現実的な想像、感覚かどうかちょっと分からないですけど、僕が一番、(大谷選手の能力の)天井を高く見ていたのは間違いない気がします。どれだけ翔平が頑張っても、『こんなの普通でしょ』って思っている自分がいます。もっとすげーんだよ、大谷翔平は、と。
二刀流に挑戦することに対しても、僕は一切不安に思ったことがないです。もっとできる。もっとすごいからってそう思います。本当に翔平のことは信じているので、僕は今回のWBCでも、翔平なら絶対やってくれるという、そこの信頼は一切揺るぎませんでした。
だから褒めないのかもしれない。もっとすごいと思っているから。こんなので褒めたら失礼だよなと」
大谷選手はWBCの全7試合に3番打者として先発出場し、打率4割3分5厘1本塁打8打点を記録。投手としても計3試合で9イニング3分の2を2失点。2勝1セーブで防御率1.86と圧倒的な成績で大会MVPに輝いた。
「(日本ハムに入団した当時から)投打2つともできる能力は間違いなくあった。今でいうと、佐々木朗希と村上宗隆が一緒になっているような感じですよ。普通、村上に「バッターやめますか」って言わないじゃないですか。佐々木朗希に「ピッチャーやめますか」って言わない。
そういう感じ。いやいや、誰が言うんですか。神さま以外に言えないですけどっていう感覚です。2つともやめさせられない」
自分の可能性を心から信じてくれた栗山氏のような人間が近くにいた環境こそが、大谷選手にとって最も大きな幸運の1つだっただろう。
「ファイターズの当時のGMをしていた吉村浩と僕の2人に関しては、翔平の二刀流を疑うことは一切なかった。日本ハムの監督をやっていて一番記憶に残っている言葉は、翔平が1年目(の2013年)にプロ初勝利をあげたときに、吉村が僕に『監督、二刀流をやったことに関して、50年後に必ず評価してくれる人が、野球界に出てきますから』って言ったんですよ。
その言葉は忘れないですね。もっと先のビジョンで、吉村は見ていたと思う。野球界にこういう選手が必要なんだということ、二刀流をできる選手がいることの証明です」
当初は世間からの疑念や批判が少なからずあった二刀流への挑戦。大谷選手が連日のニュースになるほどの活躍を見せる今となっては、二刀流ができるということに対する証明はすでに完結したように見える。だが、栗山氏の考えは少し違う。
「二刀流が正しかったかは“分からない”」
「思ったよりも翔平が頑張ったんで(笑)。二刀流に対して文句を言われることはなくなりましたけど、僕は本当に二刀流が正しかったかどうかは、まだ分からないです。いまだに、彼の能力に対しての必然が二刀流だと僕は思っていますが、でもこれが正しかったなんて、僕らは思っちゃいけないと考えています。
最後、翔平が野球をやめたときに、『二刀流やって良かったです』と言ってくれたら正解だったし、そうじゃなかったら、指導者として、もしかしたら僕らは間違ったんじゃないかと思う。そういう目線が必要かなと考えている」
「僕は本当に二刀流が正しかったかどうかは、まだ分からないです」と話す栗山氏。(写真:矢口亨)
栗山氏はまだ二刀流が正解だったかどうかを指導者として問い続けている。その自己問答は、ただ成果を追い求めるのではなく、そのプロセスを絶えず振り返り、真実を見つめる「中庸」の精神を体現している。選手として、そして人として大谷選手がどう成長するかという長期的な視点に立っているその姿勢こそが、栗山氏の監督としての稀有な資質なのかもしれない。
「何が正しいか。僕は(日本ハムで)監督を10年間やって、最後の日に正しいという言葉はあり得ないとノートに書きました。自分が正しいと思ってしまったら人の話を聞けないし、人の話を全部否定するじゃないですか。それだけはやめなきゃいけないというのが、10年間の答えだった」
栗山氏の侍ジャパンの監督任期は今年5月31日で満了した。日本代表チームを牽引するのに相応しい多くの優れた野球指導者がほかにも日本にいることを認識してのことだった。6月に開かれた監督退任会見で「やりたいことは2つ、3つある」と語り、次のステップに向けた意欲を明らかにした。具体的にはどのようなことを考えているのだろうか。
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