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「もうこれしかない」

そんな心境になったからこそ、ビジネス一辺倒のキャリアから、デザインの世界へと舵を切り、突き進むことができた。当時の時期がなければ、今のように戦略デザインファームを起業し、デザインの世界で仕事をすることはなかっただろう。仕事のない期間(余白)とは、新しいものと出会うために必要な時間だったのだ。

では、なぜ大きな方向転換をするのは、仕事を続けながらでは難しいのだろうか。最前線で活躍しながら、その先に新しいビジョンが見えてくる、そんな展開だってあるのではないか。そう思う読者もいるかもしれない。

ビジネスパーソンが生きる日常をたとえていえば、それは、「眩しくて明るい世界」だ。会社組織にいる人たちがそれぞれの能力を駆使して誰かの役に立つ。お互いが価値のあるものを交換し合っている世界。こうした明るい世界では、まわりの放つ光が眩しすぎて、自分が放っている光にすら気づかない状態になってしまう。将来の自分にとって意味があるかもしれないけど、まだよくわからないことは、「眩しくて明るい世界」にいると、どうしても優先順位が下がってしまうのだ。

だからこそ、トランジションのタイミングだと感じたら、勇気を出して終わらせたり、手放して、やめてみたりすることが大切になる。それが仕事なのか、都会での生活なのかは人それぞれだが、何かを終わらせることで新しい余白は生まれ、人生が変わっていくだろう。
 
第1章で書いたように、コロナ禍によって経済活動が制限され、さまざまな価値観がリセットされたことは、これまでの仕事や生活を半強制的に「一時停止させる」結果となった。終わらせてはいないまでも、それは「仮想・終わらせる時期」とも呼べる現象で、そこで立ち止まった多くの人はトランジションの入口に(ある種、半強制的に)立っているといえるかもしれない。

やめる決断が怖い人はどうするか

では、「終わらせる」手前に入った人は、どこで戸惑い、決断を先延ばしにしているのだろうか。

多くのビジネスパーソンはコロナ禍で立ち止まった時に「本当は望んでいなかったこと」をルーティンで繰り返していたことに気づいた。とりあえず会社に入り、昇進のために上司の理不尽な指示に耐えながら、歯を食いしばってきた人は特にそうかもしれない。仕事へのモチベーションはほとんどないが、惰性だけで続けていた。それが、自粛と在宅勤務によって会社とのつながりが一時的に断ち切られた結果、露わになったのだ。

「私の居場所はここじゃなかった」

「私が働いていたことって、何につながっていたんだろう?」と。

多くの人は、資本主義というOSの、ビジネスというゲームをプレイし、自分の年収を上げ、資産を積み上げ、勝ち残っていくために昼夜仕事をしている。そうやって年収が増え、売り上げが上がる。成長する。それを通じて、自分こそが意味のある存在だと思い込む。

だが、わかっていても簡単にはやめられない。その理由は、「依存症」になっているからだ。僕らはゲームの中で負けて、価値のない存在になりたくない。「負け犬」という状態を回避するために、ひたすら働き、次第にワーカホリックになっていく。

PeopleImages / Getty Images

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ワーカホリックとは、依存症の一種だ。

依存症とは「特定のモノがなくてはならなくなる心理状態」を指す。アルコールやドラッグの印象が強いが、仕事、スマホ中毒、承認依存など対象は幅広い。依存症の特徴とは、自分が不快になる状態を回避するために、短期的に自分を満たすものに依存するということだ。

満員電車の中でスマホを見るのも依存状態の典型だ。満員電車では狭い空間にたくさんの人が押し込められ、見ず知らずの人と肌を接することになる。これは人間にとって不快な状態だといえる。一方、スマホ画面に映し出されるのは、自分の慣れ親しんだ情報ばかりなので、それらを見ていると、不快な状態が緩和される。その結果、すし詰め状態の満員電車の中であっても、乗客は一心不乱にスマホの画面を見つめ、その場を耐え忍ぶことができるのだ。

ワーカホリックと呼ばれる仕事への依存もその一例だろう。ワーカホリックとは「自分は役に立つ存在でありたい。そうでなければならない」という不安からくるものなのだ。
 
自分が仕事で価値を出せないかもしれないという深層意識の不安を回避するために、必死で仕事に打ち込む。仕事をしている間は、不安を感じなくて済むので、結果的に昼夜を問わず仕事に依存する状態に陥ってしまう。

ワーカホリックの場合、仕事自体は体に害のあるものではないので、(過労で体調を崩さない限りは)人生に悪影響を及ぼすわけではない。だが、もしかしたらワーカホリックの状態になっていることで、その人が心の底から求めている「内なる声」に気づくことを阻害してしまっているかもしれない。


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