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アンコンシャスバイアスはなくすものではない

さて、ご質問に対する回答は以上なのですが、アンコンシャスバイアスについて、もう少し本質的に考えてみたいと思います。

まず、アンコンシャスバイアスはなくなることなどありません。というのも、人が何かを判断するときに、すべて事実を集めてから判断することはできません。ですから、過去の経験や知識などから足りない情報を推測して埋め合わせて、判断をするしかありません。

この「推測して埋め合わせた」ものがアンコンシャスバイアスの正体なのです。逆にこれがなければ判断のスピードが落ちたり、そもそも何の判断もできないことになったりします。

ですから、アンコンシャスバイアスは本能的にある程度は必要なのです。


なくそうと思えば、水面下に潜るだけ

それなのに、「アンコンシャスバイアスを無くせ」「アンコンシャスバイアスがあるなんてひどいやつだ」というメッセージをすればどうなるでしょう。

人はアンコンシャスバイアスを持っていること自体に罪悪感を持つようになり、持っていないふりをするだけです。あるいは、自己洗脳して「自分はアンコンシャスバイアスなど持っていない」と思い込むだけです。

冒頭にも述べましたが、アンコンシャスバイアスの難点は「そんなつもりがないのに」やってしまうことです。本当はアンコンシャスバイアスがあるのに、「ないつもり」になってしまえば、アンコンシャスバイアスをさらにコントロールできなくなるだけです。


醜い自分を見つめることが第一歩



そうではなく、アンコンシャスバイアスは、持っていることを自覚する、気づくべきものではないでしょうか。

自分がどんな思考のバイアスを持っているかに気づいているからこそ、日々の判断や評価にそのバイアスが影響を与えているかどうかをチェックできます。

今の社会の風潮の中では、バイアスを持っていることを自覚すること自体が辛いこと「自分は偏見を持っている」「自分は差別主義者だ」などと誰も思いたくはありません。

ですが、実際にはどんな人にも偏見があり、差別意識があるのです。それに目をそむけずに一旦受け入れることで、アンコンシャスバイアスに基づく悪影響を排除することも可能となるのです。


偏見を行動に移さないことをまず目指す

逆説的に聞こえるかもしれませんが、アンコンシャスバイアスによる悪影響を排除したければ、アンコンシャスバイアスがあること自体を非難しないこと、各人が自分のアンコンシャスバイアスを認める勇気を後押ししてあげることです。

差別的偏見のような悪いアンコンシャスバイアスはないのが理想ですが、一足飛びにそこを目指すのは逆効果かもしれません。

そうではなく、自分の中にある悪いアンコンシャスバイアスを告白できること、そしてそれを実際の行動には反映させないことをまず目指すのです。

社会人は結局のところ「どう思っているか」よりも「実際にどう行動しているか」が大事です。なくすことなどできない内面を変えようとするよりも、まずは行動に目を向けてはどうでしょうか。
グラフィックファシリテーター®やまざきゆにこ=イラスト・監修
曽和利光さんとリクルート時代の同期。組織のモヤモヤを描き続けて、ありたい未来を絵筆で支援した数は400超。www.graphic-facilitation.jp


曽和利光=文

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