当記事は「The Wordway」の提供記事です。元記事はこちら(第1回、第2回、第3回)。 「昨日の自分を超える」をテーマに各界のトップランナーの言葉を音声とともに届けるメディア『THE WORDWAY』。音声を楽しみたい方は
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今回のアチーバーは、陸上400メートルハードル日本記録保持者・為末大さんです。
為末さんは2001年の世界選手権でトラック競技で日本人で初めてとなるメダル獲得を果たすなど、長く世界のトップ戦線で活躍。
2012年の引退後はコメンテーターや執筆業など幅広く活動。企業の社外取締役を務めるなど、ビジネスの世界でも存在感を発揮しています。独自の世界観を持つ為末さんならではの「WORD」から、壁を乗り越えるヒントを見つけてください。
言葉① 「大事なのは執着しないこと。こうあるべき、こうありたいが見方を歪めている」
Q:2012年の引退から10年が経ち、複数の会社の経営に携わるなど、ビジネスの世界でも活躍を続けていらっしゃいます。華々しい現役生活から次のキャリアへと切り替えていく際に、どのようなビジョンを描いていたのですか? 2008年の北京五輪から引退するまでの4年間に、頭の中でいろいろと膨らんでいましたね。大きな方向は2つで、1つは当時「人間」に対してすごく興味があって、認知科学とか禅の本とかをすごく読んでいました。
もう1つはスポーツってもう少しいろんな可能性があるんじゃないかなというところですね。当時はアメリカに住んでいて、アメリカはスポーツがすごく盛んな環境だったので、アスリートのセカンドキャリアを支援できないかなと思いながら、引退したっていう感じです。
Q:実際にご自身でも起業し、スタートアップのサポートもされていたそうですが、現在はどのような活動が中心となっているのですか? いろいろ上手くいっているように見えますがほとんど失敗しています。一時期は社員を増やして会社を大きくしようとしましたがうまくいかず、起業家支援の、現在で言うインキュベーション施設もやりましたがうまくいきませんでした。
今はこぢんまりとした事務所の形になり、主に私だけが個人としてその他の企業さんと一緒に何かを作ったり、執筆や発言で考えを発信していることが多いですね。
Q:「経営」を追求しないと決めたのは、どのような理由があったのですか? 気持ちが変わったのは、1つは金銭の最大化とか、事業の拡大みたいなものに対して、燃えられなかったですし、もう1つはマネジメント能力の部分で組織を作る能力がなかったというところですね。
その2つを考えると、自分は会社を作ってシステマティックに何かをするみたいなもの自体があまりできないんじゃないかなと思ったので、個人で他の人たちとコラボレーションしてインパクトを出すっていう方向に徐々に進んでいきました。
Q:ビジネスの世界でも承認欲求との向き合い方は非常に重要だと思うのですが、どのように理想と現実を整理していけばいいのでしょうか? 承認欲求自体は悪いことではないと思うんですよね。世の中にインパクトを出すっていうのは、何らかの反応も求めますから承認といえば承認だと思うんです。ただ、その中で自分がやるべきことかどうかは1つ大きなポイントな気がします。
特に世の中は流行り廃りがあって、どうしてもかっこいいもの、流行りのものに人は行ってしまうところがあると思うんですけど、そうじゃなくて自分が立つべき場所は何だろうかを考えるのが大事かなと思います。
Q:具体的にどのように自分自身と向き合い方をすれば、自分の本質に迫れるのでしょうか。 一番大事なことは、執着しないってことだと思います。自分はこうあるべきだとか、自分はこうありたいっていうものが大体ものの見方を歪めるので。
少し距離を置いてみて、「自分ってどう見えているんだろうか」と見ようとするのは大事な気がします。ただ、それを自分だけでやるのは最初は難しいので、友人とか360度自分を見ている人たちに聞いていくのが一番いいんですけど、「僕のことをどう見てるか教えて欲しい」って言っても、「本当の事言ったらこいつ怒るだろうな」ってのは相手もよく見てるわけですよね。
Q:周りの評価やフィードバックを受け入れる側の覚悟が必要だと? そこの部分も、やっぱり自問自答ですよね。自分がちゃんと腹を決めて、「どういうフィードバックが返ってきても、受け止めるようにしよう」っていう飲み込む覚悟で聞くのは大事だと思いますし。
あとはやってみることですよね。実際に何かに取り組むことで、取り組んで初めて結果が出る。このプロセスを横で見てる人ほどすごくありありと自分のことつかんでくれるので。そういう人のフィードバックをもらうのが一番いいかなっていう気がしますね。
Q:引退後どういった目標設定をして、成長につなげてきたのですか? 正直なこと言うと、来たものを打ち返した10年だったって感じです。定量的な目標が大事だと、役員をやってる会社では散々言ったりしてるんですけど、あんまり信じてないところもあるんです。大事なものは測れないのかなと思っているので。
じゃあ何を目標にしてきたのかって言うと、「松下村塾方式」って自分は呼んでるんですけど、どれだけの人の可能性が拓かれましたかっていうのを主にしていて、直接ではないにしても関わりの中で、その人の人生が変わったかというのを見ています。
Q:引退後からの様々な挑戦の先に見つけた目的が「人の可能性を拓く」ことだったと? 個人的な欲求としては「人間を理解したい」っていう思いがあって、社会に対しては「人間の可能性が拓かれるようなことしたい」ということですね。人間の可能性を阻害してるものは何かって言うと、思い込みだと思っているんです。
その思い込みというのは、常識とか偏見とか、その人が自分自身で「私はこういうものだから」という風に貼ってるレッテルみたいなものかなと思っているんです。
僕は人を頑張らせたり、プッシュしてあげるっていう手法が苦手なんですけど、人が思い込んでるときにそれを剥がしにいくのは得意かなと思っていて、そこに対してアプローチをするっていうのが自分の役割だという感じですね。
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