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「オカズヤは、とても懐かしいですね」とピールさんは話す。「私は、白い紙製の箱に詰められたお弁当が好きなんですよ」

ピールさんが10代だった頃、カウアイ高校の向かいにお気に入りのオカズヤがあった。店の名前はうろ覚えだが、持ち帰り用の白い紙箱の中身は、オカズヤの春雨の味と同じくらいはっきりと覚えている。

厚切りの照り焼きビーフ、手羽先の唐揚げ2個、マカロニサラダ、キャベツの塩もみ、ランチョンミートひとつ、そして手に取ろうとすると紙にくっつくおむすびだ。

「子供の頃は、最高でしたね」とピールさんは振り返る。「Namikaze」では、エビフライとジンジャーチキンを提供していたハナマウルカフェをヒントにしている。ここは、1920年代のオカズヤをイメージした飲食店だったが、2014年に閉店した。

スパゲティの麺を使ったポテトサラダは、102歳の祖母のレシピをもとにしており、揚げたヨーテボリソーセージを入れたおむすびは、子供の頃に家族で出かけた海水浴から着想を得たという。

その話を聞いたとき、私の頭に浮かんだのは、ピールさんと彼のきょうだいが、昼食の前に海岸まで走っていって海水で手を洗っている姿だった。



「手に塩をつけて、おむすびを作ったりしてたね」とピールさんは振り返る。「おばさんは、塩コショウで味付けした鶏の唐揚げを作ってくれたな。ヨーテボリ産のものをいくつか揚げてくれて、それが海辺に置いてあったから、一日じゅう食べていたよ」。

ピールさんのオカズヤでは、古き時代からの商売の問題点も解消している。オカズヤで不評となっていた行列をやめて、オンラインで注文が可能。また、食材を切らすことはほぼなく、新鮮な野菜や調味料を使うことを重視して地元で食材を調達している。その一方でタイの唐辛子をたくさん使うので、唐辛子の粒がキッチンに舞うだけで「死にそうになる」日もあると笑いながら教えてくれた。

ピールさんにとって、オカズヤに入って「子供の頃を思い出させてくれる」、「しかも味付けされている!」ものが出てくれば心が満たされるという。味を追求し、少々ひねりを加えることで、ワクワクするような料理にしたいと考えているのだ。

とはいえ、現代のオカズヤが採用している手法で、最も注目すべき点は、毎日作りたての料理を少量ずつ、品質を維持しながら提供することだ。完璧に調理された料理が、ヒートランプやスチームテーブルの下で徐々にだめになっていくのを防いでいる。

「廃棄するときって、めちゃくちゃ悲しくなるんです」。現在のオカズヤの総菜を振り返り、甘酢漬けのスペアリブを例に挙げた。「つまり、作りたてはすごくおいしいんですが、ただそこに置いてあるだけで・・・・・・気がついたら豚肉がカピカピになっているんです」。



プランテーション時代に、さまざまな民族の労働者が一緒に食事をし、そこから生まれたハワイの地元料理を提供しているのは、先代と同様だ。

100年以上の時を経て、ピールさんが用意する白い紙製の弁当箱には、新鮮な野菜を使ったなますやスパークリングポーク、本当にサクサクした歯ごたえを感じられるかき揚げが光を放っている。

ピールさんが願ってやまないのは、幼い頃にあったオカズヤだけではない。「Namikaze」では、息子役、孫役、そして家族と一緒に海辺で過ごす少年役を一度に体験できる機会を持てる。

「Namikaze」は現代的な要素を取り入れて新しい世代を呼び込んでいるが、その根っこにあるのは懐かしさであり、たびたび足を運んでしまう。というのも、単なるオカズヤではなく、つかの間の次元へとつながる扉になっている。

そして、私たちが今この瞬間だけに存在するのではなく、過去から丁寧に集めてきた思い出の食事や歌、そして過去という瞬間にも存在していたことを思い出させてくれるからだ。



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※オリジナル記事掲載当時の情報になります。

サラ・バーチャード=文 マーク・クシミ=写真
神原里枝=翻訳

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