AIは脅威ではなく、人類の新しい武器。
星野 AIの話は、客観的に見て考えるって大事だね。何でも信じ込んでこれからはAIの時代だというよりも。
安宅 新しい武器を人類が手に入れたと思ったほうがいいと思います。
星野 それは間違いないですね。
安宅 間違いないです。Transformativeという言葉がありますが、何もかもが変わると思います。情報識別というのは我々の作業のかなりを占めているので。みんな機械に任せると本当に楽になりますよ。深夜バスの無残な事故とかあったじゃないですか。ああゆうことも消えます。
そもそもキカイは居眠りしませんし、360度レーダーを回して、AI的予測に基づき、とっさの対応も委ねることで。誰かが監視しなくても、その時間は人間にとって自由な時間になります。
星野 それを何に使うか、ですね。
安宅 Fun Timeですよ!!(笑)
人間が不得意であるものは、AIに任せて。人間が得意なことにもっとパワーを注ぎ込めるようになります。
星野 価値を生んでいく時間に使わなきゃいけないな。
安宅 ですね。自ら感じ考えるということが大事だと思います。結局、僕らの仕事は、最後は「意味を理解する」とか「物事を決める」とか「人に伝える」、この3つに集中していくと思います。キカイが色々やってくれて、余裕が出た時間で色んな今までできなかったことを体験していくことが大事なんだと思います。
星野 なるほどね。もっとIntellectual(知的)に全員がならないといけないということかな。
安宅 はい。それも生身(なまみ)のIntellectualです。鉋(カンナ)がけについて1000回本読む暇があったら実際にかけろ! スタンダールの恋愛論を100回読む暇があったら、3回異性に振られろ! そういうことです。二日酔いについて学ぶのもいいが、酒で一度はやられてみろという(笑)。
星野 なるほど。AIと人間の学習能力の違いはどういうものなのでしょう。
安宅 能力というより、学習の質、内容が根本的に違います。AIと言われているものの中で重要になっているひとつの要素技術は、機械学習と言われてるものですが、これが曲者で(笑)。Machine Learningの直訳なんですがキカイに学習させるための技術の総称です。いっぱいありますがそのうちのひとつで、この何年かで劇的に発展した画期的な新技術群が、Deep Learning、深層学習と呼ばれているものです。
これら「機械学習」は日常私たちが使っている学習や学びというものとはまったく違う概念です。まったく関係がないとは言えないけれど、質的に違うものです。機械学習というのはアウトプットをAとかBとかCとか決めて、そのインプットをABCに区分けするため、その間のパラメータを設定する行為なのです。たとえば、ある画像を「犬ですか。猫ですか。それ以外ですか」と認識させるためには、そのパラメータを設定していくデータをいっぱい入れるといつかそれができるようになる。
星野 そうすると、いつか、これは犬だ、猫だ、それ以外だ、と識別できるようになる。
安宅 はい。だいたい当たるようになります。最終的には概ね当たるようになる。これが機械学習です。
でも、私たちの学習というのは「この草を踏んだら、かぶれた」みたいな。「ある草→かぶれる」という二つの意味が直接つながるようになって行われていきます。アウトプットを一切目的とせずに。こうして、生物学的な学習の場合、経験にともない意味付与が行われます。アウトプットを目的としない経験が意味を生み出し、これを繰り返すことで高度な意味理解を実現しています。
一方、現在、革新のさなかにある機械学習は、アウトプットのためにモデルの中の変数、パラメーターを決めていくプロセスです。機械学習をやっている人たちは「学習とは分けること」と言いますが、それはこのことが彼らの頭のなかにあるからです。アウトプットドリブンなのです。我々生命にとっての学習とは、異なる情報の間に関係性を見出すことなので、インプットドリブンであり、ある種、真逆です。
星野 最近、多くの人がAIのすごさ、怖さというものを感じたのは、将棋やチェスで、AIが羽生善治さんを破ってしまったとか、チェス世界一の人を破ったというニュースだったかもしれません。あれも、Machine Learningの世界なんですね?
安宅 はい。ああいう論理的に詰めていく世界は、もともと人間に向いていないのです。人間というのはもっとファジーに、ざっくりと判断しながら生きている。この中にあって、プロの棋士の方々は、神がかり的な能力を持っている。大局的に論理的な世界を読んでいくのですから。人間としては、普通の能力じゃない。まさに神業。だから、私は尊敬しているのですが。けれどもAIは論理的に詰めていく、計算していくことが得意なんです。
星野 機械のように膨大なデータを学習、予測できる神がかった人がいるとことですね。
安宅 そうです。本来人間ができることじゃないことができる人たちです。
星野 そうか、羽生さんたちがすごすぎるってことですね。
安宅 驚異的なことです。例えば、人間は速く移動するということにおいては、機械(車や電車)に叶わないわけですからね。
星野 将棋やチェスの一件は、AIの世の中への認知率を上げましたね。でも、安宅さんの様に説明してくれる人がいなかった。将棋は元々機械(AI)に向いてるんだという発想は。
安宅 論理を突き詰めていくのは機械のほうが早いです。
星野 予測のスピードが早いということですね。
安宅 予測と盤面判断の両方ですね。盤面を識別した上で、駒の動きを予測するわけです。
星野 将棋はパターンを予測する数でなんとなく説明できるんですけど。囲碁はもっと全体を見ているという話を聞いたことがあるんですが。
安宅 そうですね。局面判断という不思議なことやっているのは事実です。膨大な訓練から来る「確率の集積」です。
星野 あれを見てびっくりしちゃって。
安宅 本当ですよね。大局観的能力を得てるわけですね。非常に高次な識別を行っている。衝撃ではあるんですけど、人間はもともと恣意的で、見たいものしか見てないことが多いわけですから。
たとえば一般的に、男性と女性がカップルで買い物に行っているとしましょう。女性が「さっき、竹野内豊みたいにかっこいい人が通り過ぎたわね」と言う。でも、同じ距離で通り過ぎたのに、男性には見えていない。それぐらい、われわれは恣意的なものの見方をしている。
星野 確かにそうだな。
安宅 逆に男性には他の美女の姿が鮮明に入ってくるけど、女性には見えていないということもある。
星野 なるほど。大局観的能力というのは、それらを景色として全部認知できるということなのですね(笑)。人間にはなかなかできないことですね。
Vol.2へつづく 安宅和人(あたか・かずと)ヤフー株式会社チーフストラテジーオフィサー(CSO)。東京大学大学院生物化学専攻にて修士課程修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。4年半の勤務後、イェール大学脳神経化学プログラムを入学。博士号取得後の2001年末、ポスドクを経て帰国しマッキンゼーに復帰。2008年9月ヤフーへ、COO室長、事業戦略統括本部長を経て2012年7月より現職。事業戦略課題の解決、大型提携案件の推進、市場インサイト部門、ヤフービッグデータレポート、ビッグデータ戦略などを担当。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)、『知性の核心は知覚にある』(ダイヤモンド社)などがある。