AIに意思はない。意味を与えるのは「人」。
星野 ネットのニュースで見ましたが、AIが小説を書いたり、曲を作ったりもできるようになったようですね。
安宅 はい。生成系AIといわれているものです。これは私の論文には間に合わなくて書かなかったのですが。
ニュースでご覧になったかもしれませんが、ビートルズの曲を何百曲と読み込ませると、ビートルズっぽい曲が作れてしまうんですよね。また、筑波大学にいる落合陽一さんの試みですが、彼の大好きなデザイナーの山本耀司さんの服の画像を山のように入れて読み込ませると、山本耀司さん本人をして「これ自分のデザインじゃないの?(笑)」と言わしめるほどの山本テイストを教え込むことが可能になっているんです。
そこまでAIができてしまうということは、クリエイターの仕事が根本的に変わる可能性があります。若いうちにデザインや歌をある程度作って、自分のデータをすべてインプットして、最後に自身で少し一捻りすれば、できちゃうわけです。これは俺のデザインだ、俺の曲だということになる可能性があります。クリエイターの仕事の仕方やライフプランが根底から変わる可能性があると言うか。
この3(識別、予測、実行)+1(生成)で、今までキカイに教えてもできなかったことができるようになった。と、いうわけで「AIやべえ。こえぇ!」となったわけです(笑)。
今AI関連で起きて、騒がれているものは、基本すべてこの4つの能力の組み合わせです。
確かにこれらはかなりのパワーです。ただ、怖がらずにこのようなことが可能になったということを前提に、我らが作りたい未来、そのための機能を実現していけばいいんです。キカイの自由度が「激! 上がってる!」ということなのです。
AI初心者の星野は、AIの可能性がどうしても脅威に感じていたようだ。スペシャリスト安宅さんに初心者なりのギモンをぶつける。
星野 その3+1=4が、5になり10になりということはあるのですか? AIは、まだまだそれ以上のことをできるようになるのですか。
安宅 もちろんありえます。が、それ以上のことは、まあ、当面はないかも。
AIの限界は結局、「我々のようには意味の理解をしない」ということです。情報の識別であるとか予測とか翻訳とかは見事にできても、やっていることが何なのかは、何も理解しない。ベーシックなことをいえば色すらわかってないですから、彼らは。「彼ら」というのも変だな、キカイなので。
誤解されがちですが、色とか肌触りというのは物理量ではありません。人間ひとりひとりが感じるしかないわけです。AIと僕らが呼んでいるキカイは、外部からの入力について、我々のような意味理解が全くないまま作業を行います。
それらの外からの入力やキカイの出力を気持ちいいとか美しいとか不快とか感じるのは、生命体である我々の仕事です。
もう1つの限界として、AIには意思がありません。たとえばある山を見て、元気が湧いてきて、この山を登ろうとか、険しすぎるから帰ろうとか思うことはありません。もちろん判断基準を与えれば判断しますが、それはAIの意思ではありません。
一方、生命体というのは、大腸菌ですら生き残るための意思を持っています。おいしいエサをつかまえようとか、ここはヤバいと思ったら逃げていく。生命体というのは、本質的に生存本能からの意思がありますが、現在のAIの処理力増大の延長に意思が生まれるということはないのです。
ただし、人工生命というものが研究されているので、そのようなロジックを注入すれば、AIに意思は発生するかもしれませんが。いま我々が議論しているAIだけでは、ただのキカイなのです。
星野 ちょっと安心しました(笑)。例えば経営者の仕事は意思が大事ですから。私は酔っ払いは嫌いだから、宴会はやらないとか……それは経営者の意思だから。どんなに儲かっても宴会はやらない、という(笑)。
安宅 それは意思です。安心してください(笑)。さらに言うと、定型化されていない分析や結果の見立てなどが自動化されるというのは少し疑問があります。残念ながら無心にやれば出来る仕事ではなく、多くの人が嫌な仕事に限って残る可能性がけっこう高いのです。
私は長らく分析を実践するだけでなく、教えていますが、分析というのは8割がた「問題設定」とそれに沿った軸の見立て、必要データの見立てや入手・整形です。そこで分析の価値が決まってしまうので、そこに意思、意味理解をなくしてはできないものです。そこから後の雑作業は自動化できると思いますが、どういうことを言うためにどういう軸で判断しようかというのは、人間が設定する必要がありますね。
星野 確かに。私の場合、分析はおおいに恣意的であったりしますね(笑)。結論は最初に出ていたりとかね。
安宅 それは周りを説得するための分析ですね。
星野 そうです。
安宅 そういうのは私も得意です(笑)。ただあまり恣意的にならないように、フラットに判断できる範囲でやるところにさじ加減がありますね。
星野 自分自身を説得するための分析だったりします。
安宅 それは本物じゃないですか。だって自分がリスク下げなきゃいけないと思っているわけですよね。55%、あるいは65%ぐらいの確度がないと判断できないということは、本当の分析だと思います。
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