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伊豆半島の山奥で“ヒッピー”に転身した理由とは

自身のブランド「マッシュ」の立ち上げと同時に、フェスに出店し始めていた2004年。そこで松岡さんは、その後の人生に影響を与える新しい価値観と出会う。

「30代半ばの頃は世界でも東京が一番だと思ってたし、自分たちで最先端のカルチャーを作っている気にもなってました。そんなときに、地方のフェスで、出会ったことのないおじさんたちに出会うんですよ。

彼らは学生運動に参加していた世代のおじさんたちで、自分で火を起こして淹れた珈琲を売ってたり、無農薬栽培の自家野菜を売ってたり」。

「DrILL」の旗を掲げてあらゆるフェスで出店していた。

「ドリル」の旗を掲げてあらゆるフェスで出店していた。(写真提供:松岡俊介)


今では敬意を込めて“先代”と呼ぶ彼らの地に足をつけた生き方は、松岡さんを開眼させた。

「彼らの存在は昔から知ってました。でも、学生運動に挫折して社会からいなくなった人たちだろ、みたいな感じでバカにして見てたところがあった。当時は高飛車でもあったんで(笑)。

でも、実際に会って話してみると、彼らはとても知的でエレガントだった。手はゴツゴツして分厚くて、いかにも“働く人の手”っていう感じで格好良かったし。英語も喋れて、海外からの留学生を家に住まわせたりして、この人たちすげぇぇ! って」。

フェスは年に40回ほど出店。それを約10年続ける間に家族は6人の大所帯になった。

フェスは年に40回ほど出店。それを約10年続ける間に家族は6人の大所帯になった。(写真提供:松岡俊介)


自身を「最先端病」だと分析する松岡さんは、時代の兆しを誰よりも早くキャッチし、実践するのが得意だという。

フェスで出会った先代たちから生きる知恵や知識を受け継ごうと決めたのはいわゆる「半農半X」が世の中で認知されるよりずっと早かった。

2009年には、地に足をつける生活にシフトするため、あえて不便の多い松崎町の家を購入した。


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