答えは現場にある
社員をサーフィンに行かせるのは、仕事に遊び心を忘れないためというのもあるが、決して福利厚生の点だけで奨励しているわけではない。そこには、シュイナードの徹底した現場主義の哲学がある。
「パタゴニアの製品は、常に現場でのテストによってリスクを最小限に抑える」
自ら開発した製品を現場で使い、検証する。自分自身が本当に優れた製品だと実感しなければ、消費者からの支持は得られない。強い当事者意識が、事業家シュイナードを突き動かす原動力だ。
パタゴニアの前身である「シュイナード・イクイップメント」が産声をあげたのは1966年。食肉加工場跡を作業場に、クライミング道具の製造を始めたことがきっかけだった。
当時、登攀に欠かせないピトン(クライミングの際に岩壁に打ち込むボルト)の多くは軟鉄製で、一度岩に打ち込むと引き抜く際にもげて使いものにならなかった。シュイナードは合金鋼を使って耐久性を高め、再利用が可能なピトンとして売り出したところ、評判を呼び、瞬く間に人気の商品になった。
クライマーたちの熱烈な支持を受け、70年には、シュイナード・イクイップメントは米国最大のクライミング用具メーカーへと成長を果たすが、この道具が思わぬかたちで環境を破壊していることが発覚する。クライマーが何度も岩壁にピトンを打ち込んだ結果、岩肌が修復不能なほどに傷つけられたのである。
その現実を知り、シュイナードは大きなショックを受ける。「自然を破壊してまでビジネスを続けることに、会社の存在意義はない」
シュイナードは72年までにピトンの製造から全面撤退する。損失を穴埋めする施策の一つとして、73年に衣料品事業を立ち上げた。このときにブランド名として採用したのが「パタゴニア」だった。
以降、シュイナードの事業家としての考え方は大きく変わっていく。当初は「最高の製品をつくること」に心血を注いでいたが、環境破壊の実情を知るにつれて、次第に関心が「地球を救うために何ができるか」という点に移っていった。
企業としてのパタゴニアは、堅調な成長を続けた。1980年代から90年にかけ、売上高は2,000万ドルから1億ドルへと急増した。しかし、成長するほど、シュイナードの悩みは深まった。
「経営の持続可能性など不可能だ」 事業を拡大すればするほど、地球資源を蝕んでいく─。90年代に入ると、パタゴニアは地球を救うことを明確な存在意義に定めた。そして「ビジネスを手段にして環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」というミッションを、さらに加速させていく。
語っているばかりでは何も変わらない。大切なのは常に、行動で示すことだとシュイナードは言う。米国では初めて通販カタログに再生紙を採用し、96年には世界で初めて、コットン衣料をすべて有機栽培のものに切り替えた。2025年までには、石油製品の使用をゼロにする計画だ。
社外でも積極的な環境保護活動を展開した。2002年に設立した「1% For The Planet (地球のための1%)」は、売上高の1%以上を寄付する団体だ。20年経った現在も活動は続いており、これまでに総額2億5,000万ドル以上を支援した。
まだできることはある、とシュイナードは言う。「私たちは地球を汚染する者である。大切なのは、私たち自身がこの事実をまず認識することだ」
企業により多くのモノを、安く使い捨てにできるよう促しているのは他ならぬ自分たちだ。誰もが当事者であるという意識をみながもてば、世界は変えられる。その本質は、企業経営にもそのまま当てはまる。現実を認識し、正しいアクションを取るために、現場に足を運び続ける。圧倒的な当事者意識をもつ83歳は、いまもそれを行動で示している。
イヴォン・シュイナード 年譜
1938 11月9日、米国メイン州のフランス系カナダ人一家に生まれる。
1946 カリフォルニア州移住。
1957 カリフォルニア州移住。高校卒業。クライミング用ピトンの製造開始。
1966 シュイナード・イクイップメント社設立。
1972 岩を傷つけない「クリーンクライミング」を提唱。
1973 「パタゴニア」ロゴ誕生。
1985 自然環境の保護・回復のため、売上の1%以上を寄付すると誓約。
1993 ペットボトル再生繊維使用のフリース発売。
2002 「1% For The Planet」を共同設立。
2022 資産額12億ドル(約1,532億円)でForbesビリオネアリスト2324位にランクイン。
さかき・じゅん◎1972年、熊本県生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。米スタンフォード大学大学院にてサイエンティフィック・コンピューティング修士課程修了。2001年ボストン コンサルティング グループに入社。09年よりアリックスパートナーズ。13年一休に入社。副社長COOを経て、16年2月に社長就任。21年4月からヤフー執行役員 トラベル統括本部長を兼務。
蛯谷 敏◎1977年生まれ。ビジネス・ノンフィクションライター。2000年、日経BP入社。日経ビジネスDigital編集長などを経て、2018年にリンクトイン入社、現在はシニア・マネージング・エディター。新著は『レゴ競争にも模倣にも負けない世界一ブランドの育て方』(ダイヤモンド社)。