ヒントは「疲れをとるための仕掛け」にあった。ガードレールも風景を作る
星野 先生が心理学でメンタルヘルスツーリズムを研究しようというきっかけは何かあったのですか。
小口 以前、千葉大学に在籍していたときに千葉県から研究助成をいただいて、千葉県の観光を発展させるための基礎研究プロジェクトを行いました。当時、非常に小さな温泉地ながら、全国人気ベスト3に入るくらいの観光地がありました。熊本県の黒川温泉です。
何が人を惹きつけるのかが気になり、実際に行って、黒川温泉人気の立役者とされている後藤哲也さんにお話を伺いました。後藤さんは「黒川は人々の疲れを取るための仕掛けを作っている」とおっしゃったのです。つまり、メンタルヘルスを向上させる場所であったのです。
具体的な仕掛けをお聞きすると、心理学を学ばれたわけではないのですが、期せずして心理学的手法を用いられていました。それがきっかけとなりました。
星野 どんなことをされたのですか。
小口 たとえば、気のおけない女性グループの会話をそっと聞いてみると、あれが素晴らしいとか、これは今一つとか率直な意見が聞けたようで、多くの改善のヒントとなったそうです。心理学のインタビュー調査を実施していたようなものです。
どのような景観が好まれるのか、どうすれば人が落ち着くと思うのか、などを考えていかれたようです。一つの具体例としては、街のガードレールを白から茶色に塗り替えたとのことでした。白だと目立つのですが、茶色ならばより自然な環境と感じられるのです。
星野 面白いですね。僕らも長野県で、当時の田中康夫知事と一緒に軽井沢のガードレールを全て木にしたのです。許可を取るのが大変だったのですが。でもずいぶん風景は変わりましたね。
小口 すばらしいですね。
星野 それから軽井沢の星野エリアは車道の横にある歩道をやめたんです。車道とは離した森の中に歩道専用の道を作りました。車の横を歩くストレスは相当あって、全然気分が違うんですよね。
鳥のさえずりやせせらぎが聞こえてくる、「ハルニレテラス」から「星野温泉 トンボの湯」へと続く遊歩道。
小口 はい。そういう工夫を総合的にすることが重要なようですね。
旅の効果は行先次第なのか?大事なことは心理的距離を離すこと
星野 今まで僕は感覚的に「その取り組みって素敵じゃないですか」としか言えなかったのだけれど、今後、先生の研究でメンタルへの効果がどんどん実証されていきそうですね。
基本的にはメンタルヘルスという言葉から連想していた内容よりも、かなりストレスに関連する、ストレスを軽減するということに近いのですね。
それは旅する場所によっても変わってくるのでしょうか。
小口 たとえば自然の中だったら、水辺というのは効果があると分かっています。軽井沢のように池や川のあるところや、森のような緑に囲まれているのは効果があります。
星野 逆に地方にいる人たちが都会へ行く、というのはどうなのですか。たとえばアメリカなどは、休みの度に地方からニューヨークに行くとかシカゴに行くという人が多いんです。都市観光ですよね。これはメンタルヘルスツーリズムではないのかな?
小口 それはある程度心理的距離が離れるという意味ではメンタルヘルスツーリズムと言えると思います。
星野 それはストレスということでいうと、都会という空間で音楽を聞くというようなことがストレス解消に効果があると。
小口 地方の方にとってはそうだと思います。
星野 そうか、両方あるんだろうね。共通するのは、旅にはストレスを軽減する効果があるのだ、と。都会ですごく疲れているときには自然のあるところへ、がいいのでしょうね。
[Profile]小口孝司●立教大学 現代心理学部 教授。博士(社会学)。東京大学大学院 社会学研究科博士課程修了後、昭和女子大学、千葉大学などを経て、現職。パデュー大学客員研究員、ジェームスクック大学客員教授などを務める。Journal of Travel & Tourism Marketingなどの国際学術誌の編集者、Asia Pacific Tourism Associationの日本代表等を務めている。専門は観光心理学、社会心理学、産業·組織心理学。主な著書に『観光の社会心理学』(北大路書房)、『よくわかる社会心理学』(ナツメ社)、『仕事のスキル―自分を活かし、職場を変える―』(北大路書房)等があり、『影響力の武器』(誠信書房)などの翻訳にも関わっている。