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焼き付いて離れない、“カカシ”のような脚 

事件当時の様子をさらに詳しく聞いてみよう。

「あの日、僕は息子と一緒にいました。自宅のマンションに入ろうとしたところで、消防車のサイレンが近づくのがわかったんです。消防車はそのまま自宅の向かいにあるアパートの前で停まって、あれ? って」。

火事かと思ったが火の手はない。周囲にはたちまち異様な空気が立ち込める。

「マンションの渡り廊下から向こうを見下ろしてみたんです。そうしたら、だんだん様子がおかしくなってきて。ベランダから出てきた男が『こっちだ!』って叫んで、到着した救急隊員たちがアパートの部屋に入っていきました」。



渡り廊下からは、救急隊員が全員で部屋の一カ所を見下ろしていたのが確認できたという。しかし、目線の先に何があるのかはわからない。

それでも不穏な何かが起きていると察するには十分だった。

「その光景が異様で、すげえ悪い予感がしてきたんですよ。そしたら部屋から担架が出てきて。なんて言ったらいいんだろう……本当にもう“木”みたいな、茶色くてカカシのように細い脚が見えたんです」。

そこで目にしたものは今も般若の脳裏に焼き付き、この先も一生忘れることはないという。



「おそらく、僕らが唯一の目撃者でした。一緒にいた息子もその異様さに気づいたんでしょうね。『怖い』って言い出して、家の中に入りました」。

その後まもなくして結愛ちゃんの死亡が確認された。

結愛ちゃんが長年受け続けた虐待の数々は、語るのも憚られるほど壮絶で残虐だ。そして、衰弱しきった結愛ちゃんの心の叫びは絶命するまで外界に届くことはなかった。

「そこに5歳の女の子が住んでいたなんて誰も知らなかったはずですよ。大家も知らなかったと思います。知っていたら、誰だって確実に止めに行っています」。

心に引っ掛かった「気にしないほうがいい」の言葉 



「結局、僕は(この事件の)曲を出すことになりましたけど、まず曲にするかしないかという葛藤がありました。『これは僕の胸の内に留めておくべきなんじゃないか』って。

ある日、近しい知り合いに自分が見たことを話したんですよ。そしたら『あまり気にしないほうがいいですよ』って彼は言ったんですね。僕のことを気遣ってくれてのことですが、その言葉がずっと心の中で引っ掛かっていて」。

気にしないほうがいいという気持ちもわかる。だが、気にしなければいつか忘れられるのか。かといって、気にしない以外に何ができるのか。

ラッパーに残された選択肢は、曲を書くか否かの二択だった。 

「こんなに悩んだことはなかったですね。僕は普段、すごくふざけていますけど、この曲はガチなので。しんどかったです。でも、もっとしんどいのは、ああいう形で旅立たないといけなかった結愛ちゃんじゃないですか。

書くべきか、書かないべきか。書こうともしたけど、書けない。3年以上そういうのを繰り返して、2021年の夏にようやく曲ができたんです」。



悩んだ末に、曲にすると決めたキッカケは何だったのか。

「間違いなくあの瞬間、僕の人生と結愛ちゃんの人生が初めて交差しました。それを考えると『やっぱりダメだ』って。ダメだっていうのは、そこから先に色を……うまく言えないんですけど、色を付けないとダメだって思ったんですよ。

そこからです。売れるとか売れないとか、話題になるかならないかっていうのとは別の次元で曲を書こうと決めたのは」。

長年、向き合い続けてきた事件だ。一度曲にすると決めてからは早かった。歌詞は約2日で一気に書き上げ、書き直すこともなかったそうだ。

何も知らずレコーディングに立ち合ったエンジニアは、曲を聴いてすべてを悟ったのか、ブースの外で頬を濡らしていたという。




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