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海岸の状況を変えるため、必要なのは公の場での発言

九州大学准教授 清野聡子さん●1964年、神奈川県生まれ。海洋生物学、海岸環境保全学、生態工学などが専門。現地調査に基づいて、経済や心理、文化人類学なども含めた学際的な海岸研究に取り組む。近年は環境意識の高まりも一因として、人工化された海岸や工事で破壊された自然の再生についてなど発言領域が広がってきたという。

九州大学准教授 清野聡子さん●1964年、神奈川県生まれ。海洋生物学、海岸環境保全学、生態工学などが専門。現地調査に基づいて、経済や心理、文化人類学なども含めた学際的な海岸研究に取り組む。近年は環境意識の高まりも一因として、人工化された海岸や工事で破壊された自然の再生についてなど発言領域が広がってきたという。


「神奈川県は未来に砂浜を残すビジョンを掲げています。茅ヶ崎では税金で砂浜に砂利を入れる養浜もしています。

ただ、財政的にすべてのエリアで同様のことは行いにくく、だから県内の砂浜に優先順位ができていく。決める基準は地元が強く要望しているかどうか。そして“稼げる砂浜”になっているかどうかです」。

波を求めて訪れたサーファーが、その地域に飲食や宿泊などで経済的に貢献し、また移住者となって税金を納める。そのような構図を生み出せているかどうかということだ。

理解しやすい例が千葉県の九十九里である。北の屏風ヶ浦から南の太東崎まで長い砂浜が続くこの海岸線も、例に漏れず浸食が進んでいる。

対策を講じるうえで、サーフタウンを標榜する一宮町は“波”に配慮した。だが北部のエリアには農村として生きていくことを選んだ町があり、その海は護岸工事が長く続けられている。

公共工事の予算は国からもたらされ、そして一度設置した防潮堤や消波ブロックには修繕を必要とするときがやってくる。それもまた公費によるもの。地域の小さな町にとって持続可能な事業となるのだ。

こうした現実に触れると、もし自然海岸や波を未来に残したいと思うなら、その声を行政に届けることは絶対的に必要なのだと思えてくる。

「昨夏のオリンピックでメダリストを2人輩出したサーフィンの社会的ステータスは上昇し、“砂浜にお金をかけてもいいかな”と考える関係者が増えている可能性はあります。

その人たちから理解を得るためには、公式の場できちんと発言できないといけません。というのも、意見を言える会議に出られる権利を得ながら欠席するサーファーが多いんです。

確かに会議は往々にして退屈ですし、すぐに物事が決まるわけでもないので意義を感じにくいとは思うのですが、会議は大事な意思決定の場。社会の中で砂浜や波を守りたいと本当に思うなら、退屈であろうと誰かは行かなければなりません」。

一方、陸の人はきちんと出席するという。楽しい未来をみずから手放した側面もサーファーにはあるのだ。

未来の日本の海岸に多様性をもたらすために

議論の落としどころに関する折り合いのつけ方も、サーファー側が再考すべきポイントだという。

海岸にまつわる利害関係者は多様だと記したが、同じく活用法も多様であり、なかでも人工化する整備事業には「命を守る」という大義がある。その大義との向き合い方次第で、砂浜や波を守れる可能性は変わるためだ。

「手つかずの海を希求する気持ちは理解できます。ただその思いが強すぎて反対するばかりでは民意となりません。

確かにこれまでの海岸整備の方法は一元的にすぎました。護岸工事でも人工リーフを海底に入れる選択だってある。海外にはその人工リーフをグッドウェーブの生まれやすい形状にした事例もあるといいますし、もっと多様性があっていいはずです。

それに利害関係者は目的が票であり収益であるから、好き嫌いはないんです。多少の妥協なら許容しますし、交渉の余地はあります。何より市民社会においてサーファーは数が少ない。タフでスマートな交渉人になる必要があるんです」。

最後に清野さんは「海岸について考えること自体が新しい分野」なのだと教えてくれた。

砂浜や海を大切にした暮らしをつくっていこうとする歴史はまだ始まったばかりで、その一方、鉄とコンクリートで国を造ってきた歴史は相当に長い。データや実績は豊富にあり社会の基盤ともなっている。

だから豊かな自然環境を残していこうとする取り組みは、法律も含め盤石に築き上げられた壮大なシステムとの折衝なのである。

希望は、そんな時代ながら日本にも海辺の国立公園などに自然海岸が残されていること。まずはその海を訪れることから始めてはどうだろう。そう清野さんは提言した。

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KIMIYUKI KUMAMOTO=写真 小山内 隆=編集・文

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