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2022.03.01

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雪上サーフィンと呼ばれる“雪板”が持つ「スリルと浮遊感」を現代に蘇らせた男

現代の雪上サーフィンと呼ばれる“雪板”。このスノーボードの原型と思えるモノを現代に蘇らせた「芽育」主宰者・五明 淳さんに雪板の魅力を伺った。

スノーボードの原型を現代に蘇らせた“雪板”



冬になったら雪上でサーフィンしよう。そう発想しDIYでスノーボードの原型を作り、雪上サーフィンを楽しんでいたサーファーがアメリカの各地にいた。

最古のスノーボードブランド「ウインタースティック」の会社設立が1976年だから、それ以前のこと。“スノーボード”という言葉すら生まれていなかった時代の話だ。

そして当時のサーファーたちが手にしていたのは、こんなモノかもしれない。そう想像させてくれるのが“雪板”である。

雪板とは文字どおり“雪の上で使う板”であり、この“スノーボードの原型”と思えるモノを現代に蘇らせたのが五明淳さん。生まれ育った長野県で、8歳でスケートボードを、13歳でスノーボードを始めたプロスノーボーダーである。

「冬の長野は地下道のようなところでしかスケートボードができないし、それなら山に行こうかという感じでした」と当時を振り返る五明さんがスノーボードを始めたのは’90年代中頃。

スケートボードのトリックを取り入れながら滑るニュースクールというムーブメントが起きていたタイミングで、スケートボーダーたちも関心を掻き立てられたという。

環境にも恵まれていた。住まいのある長野市内からなら戸隠や飯綱高原まではわずかな距離で、白馬や妙高、志賀高原へも1時間ほどのドライブで着く。程なくして、質の高い雪、豊かな地形でのスノーボードが日常になっていった。

競技も始め、ジュニア時代にはワールドカップに出場。のちにプロとなり王道のキャリアを歩むようになる。それでも根はフリースタイルが好きなスケートボーダー。コンペティションには積極的になれず、高校を卒業するタイミングで改めてスノーボードとの向き合い方を自問。もっと自由に山を滑る生き方を選んだ。

業界においても“バックカントリー”という言葉が広く使われていない時代のことだ。世間は東京ドームでのビッグエアイベントに夢中になっていた頃であり、そのためスノーボードで山に入る人は日本全体を見渡してもわずかばかり。

それでも長野で活動する先人たちに出会い、彼らの背中を追うように五明さんは山の中をフィールドとしていった。


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