緩やかに思える斜面もスリリングな大斜面に
「芽育」主宰者 五明 淳さん●1978年、長野県生まれ。長きにわたりプロスノーボーダーとして活動。のちに雪板ブランド「芽育」をスタートさせた。冬は長野をはじめ北海道や東北などで雪巡りをして過ごす一方、雪板作りのワークショップや映像作品『雪板生活』を通してシンプルな雪上遊び“雪板”の魅力を伝える。http://makesnowtoys.com
以来、20年以上にわたってスノーボードとスケートボードを軸とするライフスタイルを築いてきた。冬になるとスケートボードがしにくくなる長野ライフは相変わらずだが、変わったことがあるとすれば、いつの頃か“スノースケート”と呼ばれる“雪上スケートボード”が製品化されたことである。
「スノースケートには一枚板のシングルデッキとデッキの下にスキーが付いたダブルデッキの2種類があって、シングルデッキはスケートボードそのもの。雪の積もった街中でフリップなどのトリックもできます。
一方のダブルデッキはスキーにエッジが付いているから、スキー場の麓にあるようなちょっとした斜面を滑るのに適しているんです。
僕はどちらも手にして遊んでいましたが、シングルデッキでもっとスノーボードのように滑れるモデルが登場しないかなと思っていました。
でも待てど暮らせど製品化されなくて。それなら自分で作ってみようかなと、そう思ったのが10年ほど前ですね」。
そうして生まれたのが雪板だ。ベースの合板には間伐材など使用用途のなくなった木材によるものを意識的に選び、そこにアウトラインを描いて電動カンナで削り出していく。そしてヤスリで丁寧に磨いてフィニッシュ。
全体に長さを持たせたところがスノースケートと大きく違うが、それでいてスノーボードよりは短い。
「スキー場のコースよりは短く、けれどそれなりに長い斜面をターンしながら滑る。そのために必要となる長さをテストしながら決めていきました。
しかも足元はスケートボード同様にフリーな状態。ターンには確かな体重移動が必要で、ときにはステップバックなど足の位置を動かしながら滑ることもあります」。
ターンは体重移動をしながら板のつま先側とかかと側を交互に雪面に食い込ませて行う。足元が固定されていない構造から深雪のほうが板を寝かし込みやすく、そのため初期のモデルはパウダースノーで遊ぶことを想定して作られた。
そして足元が固定されていない雪板を経験すると、バインディングがターンをさせてくれていたと思えるほど、その存在の偉大さを痛感する。
足元が自由であるということは、ボードをしっかり操作する技術がないとターンすらできないことを意味するためだ。
ターンができないと真っすぐに滑り降りるしかない。スピードは出続け、やがて怯み、転ぶことになる。失敗が頭をよぎるから、スノーボードなら数秒で滑り降りられる緩斜面もアラスカのような大斜面を前にした気分となる。足がすくむのである。
「緩斜面ながら、とても大きなスリルを感じられるのは雪板の魅力のひとつです。それに初日はほとんどの人が転びまくっていますね。総じて翌日は全身筋肉痛。でも、その難しさに面白みを抱いた人は深くハマっています。
実際に長野だけでなく、北海道や東北、北陸などの各地で雪板ブランドが生まれているんです」。
この10年でデザインも変わった。
「最初はスノースケートのパウダースノー版みたいなイメージでしたが、試作を重ねて今は90〜160cmほどの幅広いレンジで作っていて、圧雪バーンでも滑れるモデルも手掛けています」。
ふわふわと柔らかいパウダースノーと違い、圧雪された斜面では板を倒し込めない。そこでボトム面のデザインにこだわり、締まった雪面でもターンのできる形状を生み出した。
「ボトム面にサーフボードのフィンが付いているような感じですね。そこを踏むとターンへのきっかけが生まれて雪板は曲がっていくんです。
ただそのあしらいを大きくしてしまうと抵抗を生んで失速し、曲がりづらくもなるので、本当に数ミリ程度ボトム面から突起物が出ているようなイメージです。
でもサーフボードにもボトム面を緩やかに凹ませるコンケーブやチャンネルというデザインがありますよね。より推進力を生むために施されるものですが、同様の効果を求めて“水の場合はこう作用するから雪だとこうかな”といった考察を重ねて作っていきました」。
自分で作った道具で滑る感覚に新鮮さと感動を覚え、五明さんは雪板ワールドにのめり込んだ。
やがて雪板ブランド「芽育」をスタート。今ではモダンなショートボードからクラシカルなロングボードまでが選べるような幅の広さを持って、オーダーメイドによる製作を軸にしながらも、5つほどの基本モデルを常時展開するまでになった。
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