Motorcycle Update▶︎バイクのある人生は素敵だ。お気に入りの一台に跨って、家を出るワクワク感。時を忘れてカスタムに興じる悦び。バイクを楽しむ大人たちをピックアップ!
■森谷孝幸さん(52歳) モリタニタカユキ。機械工具の卸売販売を行う会社の代表。大学生の娘さんふたりと奥さまの4人で埼玉県東松山市在住。
30歳を迎えた頃からロードレースにハマり、今もその情熱に陰りは見えない。ガレージ内には小排気量から大排気量、オフロードバイクにオンロードバイク、そしてロードレーサー……と、多くのジャンルのバイクが収まっている筋金入りのバイクフリークだ。
■ヤマハ・FZ750(1985年モデル) 1985年に発売された市販車FZ750は、当初「レースに勝つ」ことを目標に掲げた純レーシングマシンとして開発がスタート。世界初の水冷5バルブDOHC4気筒エンジンを搭載するなど、レーシングマシンとしての開発は順調だったが、採算の問題から急きょ、一般市販モデルへの計画変更がなされた。
しかし、高性能の中核をなすエンジンなどの主要な部分がそのまま残されたことで、市販モデルFZ750は“超高性能”を誇ったのだった。
P‘s supplyというブランドのチタン製フルエキゾーストマフラーを装着。その他、ブレーキやホイール、エンジンも変更されているが、基本的にはヤマハ純正パーツを使った安心の“純正カスタム”が施されている。
空前のバイクブームの頃、バイクに目覚めた
以前、この企画に登場していただいた
同世代の橋本さんと同じように、森谷さんも免許を「取らせない」、バイクに「乗せない」、バイクを「与えない」という“3ない運動”が最も盛り上がっていた時期に、原付免許と中型免許を取得したひとり。
「それでも免許を取りに免許センターに行くと、『合格者の中にウチの生徒はいないか?』って学校から連絡が入っていたり……。結局、それでバレて私は停学になっちゃいました(笑)。
でも、まわりにも私と同じようなヤツが多かったですけどね。ちなみに、最終的に停学者は学校全体で30人ほどになって、“学級閉鎖状態”になったんですよ(笑)」。
’80年代といえば空前のバイクブーム。
乗り物としてのバイクはもちろん、WGP(ロードレース世界選手権)や8耐(鈴鹿8時間耐久ロードレース)といったロードレースが人気を博し、1985年〜90年の8耐の観客動員数は、毎年15万人を超えるほどだった。
そしてレーサーをまねたバイク乗りたちがレーサーレプリカ(レース専用バイクを元に開発された公道走行用バイク)にまたがり、こぞって速さを競っていたのもちょうどその頃。
森谷さんもほかの例に漏れず、バイトをして貯めたお金で自身の初バイクとなるレーサーレプリカのヤマハ・TZR250を購入。高校3年生のときだ。
そのあと、オフロードレースやスクーターレースにもハマり、バイク漬けの20代を過ごすも、学校を卒業して仕事に就くようになってからは、自然とバイクから離れていったという。
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