ジェラルド・ジェンタのスゴさはどこにあるのか?
安藤 フリーのウォッチデザイナーが少ないのは、やっぱり「機械ありき」でデザインが進むからなんでしょうか?
広田 そうです。今でこそシャネルのように、デザインを先にしてそれに合わせて機械の設計を行うブランドも出てきてますが、やっぱり普通は機械が先。ジェンタ自身も取材のとき、ムーブメントを見てデザインをすると言っていました。
安藤 限られた条件の中で多くの歴史的名作を残したジェンタは、やはりすごいです。ロイヤル オーク以外にも、パテック フィリップのノーチラス、IWCのゴルフクラブ、オメガのスピードソニック、日本だとクレドールとか、挙げたらキリがない。で、そんなジェンタがデザインしたロイヤル オークの魅力はどこにあると思いますか?
広田 大雑把な言い方をすると、ロイヤル オークはデザインとして“どこでも使える時計”を初めて具現化したものなんじゃないかと思っています。以前、
サブマリーナを紹介した回で、ロレックスは使う場所を選ばないという話が出ましたけど、ロイヤル オークの場合は、生まれながらにしてそれを狙って作られたんです。しかも格式高く。
安藤 今でこそラグジュアリースポーツウォッチってジャンルがあって、スポーティなのに高級感がある時計って多いですけど、ロイヤル オークはその走りですかね?
広田 まさに走りです。時計のデザインにおいて、カジュアルかどうかを決める要素はいくつかあります。わかりやすいのが、ベルトを固定する「ラグ」、風防を固定する「ベゼル」、時間を示す「針」や「インデックス」。これらが太ければ太いほどカジュアルでスポーティ、細ければ細いほどフォーマルでドレッシーなんです。普通は太いか細いかのどちらかに寄せるんですが、ロイヤル オークはこれを巧みに混ぜて使っている。
安藤 確かに、ベセルはかなり太く力強いのに、針やインデックスはドレスウォッチのように細い。
広田 そしてラグはなくしてしまいました。固定概念を打ち破ることでロイヤル オークは生まれたんです。
安藤 1972年にファーストモデルが発表されていますが、当時は相当インパクトあったでしょうね。誰もが認める正統派ブランドから出た異端児。もともとのオーデマ ピゲ愛好家からはけっこう反発があったんじゃないでしょうか。
広田 あったでしょうね。だから最初はまったく売れなかった。サイズからしてケース径が39mm。今なら普通ですけど、当時としてはかなり大きかった。35mm以上の時計なんてほとんどなかったし、40mm近いのは一部のダイバーズウォッチのようなプロフェッショナル向けだったので。
安藤 パネライみたいな?
広田 そう。だからなのか、イタリアでは多少売れたみたいですけど。
安藤 それでも作り続けている間にジワジワと?
広田 ですです。プロダクト先行でマーケットがついて来た。どんなシーンでも使えるという点はやっぱり強いんです。「一本くん」にとっては最高の選択肢になったんだと思います。
安藤 一本くん?
広田 高額のいい時計を使い倒す人のことを愛好家の間ではそう呼びます。アメリカだと「One watch fits all」っていうような言い方をしますけど。そして、そういう人はカジュアルにもビジネスにも使える万能時計が好きなんです。ロイヤル オークはプロフェッショナルダイバーのような防水性はないし、2針のドレスウォッチほどのフォーマル感はないけれども、一般の人の生活を考えれば間違いなく万能時計。ポロシャツにも似合うし、ダークスーツでもしっくりくる。
安藤 僕は“百本くん”的な生き方なので、逆に憧れるな一本くん。片付けコンサルの“こんまり”にも誉められそうだし。
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