映画で観た旅のシーンで、登場人物たちが持っていた道具が気になった作品といえば、それはもう、いの一番に『ダージリン急行』(2007年公開)を思い浮かべる。
『ダージリン急行』
父親が亡くなって以来、疎遠になっていた3兄弟が、列車でインドへ旅行して、家族の絆と自己の再生を見いだす物語だが、冒頭から、この3兄弟が辺境な地に持っていくには不釣り合いに豪華なスーツケースや旅行バッグの数々に目が奪われるのだ。
その一連の旅行バッグは、公開当時にルイ・ヴィトンのアーティスティック・ディレクターだったマーク・ジェイコブスによる特注品で、表面にはゾウやシマウマ、キリンなどの野生動物のイラストが椰子の木の間に描かれていて、いつもながらビジュアルにこだわるウェス・アンダーソン監督のセンスの良さが感じられる代物だ。
それにしても驚くのは、3兄弟がお揃いで持ち歩くこの旅行バッグのバリエーションと数の多さだ。コバルトブルーが鮮やかなダージリン急行のコンパートメントで3兄弟が落ち合うのだが、その狭い室内には、ありとあらゆる種類の旅行バッグが所かまわず置いてあって、嫌でも目が行く仕組みなのだ。
バイクの事故で頭と顔に包帯だらけで現れる仕切り屋の長男フランシス(オーウェン・ウィルソン)、父親の遺品のメガネを掛けてとぼけた味を出す次男のピーター(エイドリアン・ブロディ)、作家の三男ジャック(ジェイソン・シュワルツマン)はちゃっかり乗務員のインド人女性と車内セックスをするなどてんでバラバラな性格で、しかも3人がそれぞれ互いに不信感を抱いたまま、絆を取り戻す「心の旅」へと出発するのだ。
列車に乗り込むときに、思いっきりバッグ類を放り投げたり、土埃が舞うインドの村を走る満員バスに、これでもかという量のバッグを積み上げたりと、ラグジュアリーなバッグを雑に扱う様は妙にカッコいいが、いかにもそれらが足手まといに見える彼らの一風変わった旅。
だが、旅の終盤に、列車が走り出して乗り遅れそうになった3兄弟は、まるで旅の足枷に見えた旅行バッグの数々を投げ捨て、体ひとつで列車に飛び乗るのだ。それはまるで過去を捨てて、3人が新しい未来に向かっていくようにも見えたのだった。
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