父親と中学受験 Vol.2
「仕事ができる父親ほど、子育てに苦手意識がある」。そんな傾向があることは、昔から根強く囁かれている。仕事で結果を出すための手法と、子供の素質を伸ばすための手法が相反することが多いからだ。しかし、いざ「中学受験」となると、子供と共通目標を立てて合格という結果を得るために、自分のビジネスノウハウが活きてくるはず! と意気込む父親も多い。実は「中学受験」には大きな落とし穴があるとも知らずに……。
この連載では、年頃の子供がいるオーシャンズ世代の父親が「中学受験に関わるときに注意すべきこと」を、教育・育児ジャーナリストのおおたとしまさ氏に直言してもらいます。
「父親と中学受験」を最初から読む 中学受験という選択は、親がする
子育ての方針として「親の価値観を押しつけず、本人の望むことをサポートする」と掲げてはみても、中学受験をするという判断は、ほとんどの場合、親がする。価値観の押しつけというよりは、そうするしかない。中学受験に限らず、親が差し向けない限り、子供は自分がもっている選択肢を知らないからだ。
「本人がしたいといったらさせてもいいけど……」と考えていても、親の本心が、「できることなら中学受験はさせたくない」なら、子供は「中学受験したい」とは言い出さない。親の本心が「できれば中学受験させたい」ならば、子供は「塾に通いたい」といつか言い出す。それくらいに、子供は親の気持ちに敏感だ。
例外があるとすれば、小学校4年生以上になって、学校の仲の良いお友達が塾に通っているのを知って、「塾に行ってみたい!」と言い出すケース。しかしその場合でも、塾に通う意味、中学受験の大変さを、親が説明することになる。そこに込められたニュアンスを子供は感じ取る。
いずれにしても、思春期前の子供は親の価値観の強い影響下にある。もっとわかりやすく言えば、子供は、「親から認められたい」「親を喜ばせたい」「親を悲しませたくない」という気持ちをモチベーションに生きる生き物だ。中学受験生の親は、そのことをまず心に刻んでおかなければいけない。
理性の皮を被った感情による攻撃
「そんなことなら中学受験なんてやめなさい!」と親に怒鳴られれば、子供は唇を噛みしめ涙を流しながら「嫌だ……」と言うしかない。そこで仮に「じゃあ、やめる」と言えば、親は動揺を隠しながら、なんとか「やっぱり、やる」と言うように仕向けることになる。
「本気で中学受験勉強をやる気があるのか」と聞かれれば、子供は「やる」と言うしかない。しかしその後、子供がだらけた様子でも見せようものなら、「オマエがやるって言ったんじゃないか!」と親は追いつめる。
親が子供に高圧的な問いを投げつけているとき、その額面通りの言葉に意味はない。子供に伝わるメッセージは「私の言うとおりにしなさい」である。
それなのに、子供自身が「やる」と言ったのだという形式上の事実が親に、厳しく叱る正当性を与える。「無理矢理勉強をやらせているのではない。本人がやると言ったのに、その約束を破ったから叱っているのだ」というわけだ。
実は、最初からむやみに怒鳴ったり叩いたりする親は少数派である。多くの親は子供を叱るに十分な理由を見つけ、十分に理論武装してからその正論を振りかざす。理性の皮を被った感情による攻撃だ。
こうなると子供は無防備だ。「約束を守れないのか!」「あきらめるのか!」「悔しいと思わないのか!」。暴言の雨あられを至近距離から打ちつけられる。「オマエは自分で言ったことも遂行できないダメ人間だ。だから成績が悪いのだ」というメッセージが小さな体と心をズタズタにする。
「約束」は子供を追いつめる「脅迫」になる
中学受験期間中に、親子でいろいろな「約束」をするだろう。それが子供を励まし勇気づけるものならばいい。しかし「約束」を、子供を追いつめることに利用するのは卑怯だ。圧倒的な力の差のもとで交わされる「約束」は「脅迫」でしかない。
それでもいつか、本人が目の色を変える瞬間がやってくる。「○○中学に受かりたい」と思い、自分の意思で勉強し始めるのである。それが小学5年生の前半かもしれないし、入試直前かもしれない。
そのとき初めて、子供は「本当の中学受験生」になる。あとは勝手に走り出す。自らの努力で自らの道を切り開こうとする。これこそが中学受験という機会を通した人間的成長である。
そのときが来るまでは、あの手この手で励ましながら伴走するしかない。焦って鞭を入れても、ほとんどの場合ろくな結果にはならない。
おおたとしまさ=文「子供が“パパ〜!”っていつでも抱きついてくれる期間なんてほんの数年。今、子供と一緒にいられなかったら一生後悔する」と株式会社リクルートを脱サラ。中学受験を親子にとっていい経験にする方法、子育て夫婦のパートナーシップ、男性の育児・教育、無駄に叱らない子育てなどについて、執筆・講演を行う傍ら、新聞・雑誌へのコメント掲載、メディア出演にも対応している。著書は 『ルポ塾歴社会』、『追いつめる親』、『名門校とは何か?』など50冊以上。近著は『開成・灘・麻布・東大寺・武蔵は転ばせて伸ばす』 (祥伝社新書)