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2018.05.24

たべる

渋谷の焼酎ダイニングで、酔って裸足で帰宅した看板娘に昂ぶった


看板娘という名の愉悦 Vol.15
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。


渋谷駅を出て宮益坂を上る。付近に着いたものの、目指す「黒瀬」が見つからない。周囲をぐるぐる3周ほど回った頃、あるものが目に入った。

焼酎「黒瀬」の空き瓶


串カツ田中の左側に2階へと続く石段がある。空き瓶はその下にちょこんと置いてあった。もしや、これが看板代わりなのだろうか。

謎解きのような入り口?


階段を上って、恐る恐る木製のドアを開ける。

おお、黒瀬だ


今回訪れたのは、いわゆる“看板がない”店だった。カウンターはほぼ満席。あちこちで会話が弾んでいる。

棚には大量の焼酎


そう、ここは鹿児島の芋焼酎がメインのダイニングバーだ。挨拶もそこそこに看板娘が持ってきてくれたのは「黒瀬 杜氏」。

ちひろさん(32歳)


「すごく好きな芋焼酎で、ふだんはロックかお湯割りで飲んでいます。香りがいいんですよ」

どうぞ〜


黄綬褒章も受章した黒瀬安光という杜氏の技を伝承して造られた銘酒だそうだ。確かに、どっしりとしつつも芳醇な香りがある飲み口だった。1杯800円。

メニューは店主による風味の解説付き


ちなみに、「黒瀬 杜氏」は「松本清張の下くちびる」。なるほど、そう言われればそんな気もしてきた。

もともとは、ちひろさんの友人がここでバイトをしていて、客として通っているうちにマスターに誘われて働き出したそうだ。とはいえ、勤務先の規定が副業禁止のため、ごくたまにボランティアで手伝うというスタイル。

「私、社会人2年目の時に、転職先が決まらないまま会社を辞めたんです。そういう精神的に不安定な時期に、このお店にはずいぶん救われました。店主の宿里さんはアクが強いけど人情味がある人。たくさんの恩義があります」

こちらが店主の宿里順也さん(59歳)


彼は鹿児島の黒瀬という山あいの集落で生まれ育った。この集落こそが九州における現代焼酎産業の源流のひとつになった土地だという。

宿里さんが言う。

「ここは、黒瀬地区出身の有志が共同出資して作った店なんですよ。だから、店名も『黒瀬』」

「『黒瀬 杜氏』、美味しいですね」と言うと、「ちひろのよだれが入ってるからね」と内角ギリギリのボールが返ってきた。

ちひろさんに趣味を聞くと、「3年ぐらい前に会社の人に誘われて始めたゴルフでしょうか。全然下手っぴなんですが。天気がいい日に芝の上を歩くのが楽しくて」。

おっと、美しいフォームじゃないですか


ちなみに、宿里さんは南九州最大の「鹿児島おはら祭」を渋谷で再現する「渋谷・鹿児島 おはら祭」にも協賛している。

109前を交通止めにして道玄坂・文化村通りをメイン会場に開催


「俺はここ渋谷2丁目の風紀委員もやってるんだけど、風紀委員が一番怪しいって言われてるからね」

そうだ宿里さん、看板を出さないのはやっぱり隠れ家的な演出ですか?

「いや、お金がないからですよ。うちの前は“パンチラ通り”って呼ばれるぐらいビル風が強くてね。飛ばされないようなちゃんとした看板を作るには40万円ぐらいかかるって聞いて、じゃあなくていいかと」

フクロウの木彫りは建築士が作ってくれたもの


木を埋め込んだ細工で薩摩切子を表現


なお、ここは2階だが、地下というか1階部分には座敷席もあり、団体客はそちらを利用する。

あらあら、素敵


ちひろさんにお酒にまつわる失敗談を聞いてみた。

「かなり酔って家に帰ったら、履いてたはずのパンプスがなかったことがあります。タクシーに乗った記憶がうっすらとあるので、車内で脱いでそのまま置いてきたんですかね」

運転手さん、たぶん匂いを嗅いでますよ。「えっ、嫌だ〜」と眉をひそめるちひろさんに気持ちも昂ぶり、お代わりを注文。

「じゃあ、もっと芋臭い『あらわざ桜島』にしましょうか」

たっぷり注いでくれるのがうれしい


こちらは南薩摩伝統の技に新技を加えて造られたお酒で、IWSC 2013(インターナショナル ワイン&スピリッツ コンペディション)で金賞を受賞している。

店主の解説では「サラボーンのうなじ」。だんだん難解になってきた。

厨房担当のイケメン青年もいますよ


彼も鹿児島出身で、一番好きな食べ物は「白いご飯」とのこと。なかなか深い回答だ。ここで、隣の紳士が「泡波」を注文。

彼によれば、「波照間島の住民のためだけに造られている幻の泡盛で、こっちじゃなかなか飲めないよ。たまに置いてあっても1杯2000円以上するし」。

ここでは1杯1500円と良心的な価格設定


大の焼酎好きだという紳士が続けて言う。

「入り口に置いてあった『一どん』の空き瓶を見て入ってきたんです。蔵元に往復ハガキを送って、抽選に当たった人しか買えない超レアな芋焼酎。東京では初めて見たよ」

そんな話を聞いたら飲むしかない。

こちらは1杯1000円


もうおなじみの店主解説は「山口百恵の二の腕」。なるほど。ありがたくいただいているうちに、さすがに酔いも回ってきた。このあたりでお会計をしよう。

締めの味噌汁がサービスで出てくる


「黒瀬」というまだ見ぬ集落に思いを馳せながら飲む芋焼酎は、しみじみと美味しかった。ごちそうさまでした。

「また、いらっしゃってくださいね」


読者へのメッセージは、「悪筆でお恥ずかしい限りです……」と言いながら書いてくれた。

几帳面な人柄がにじみ出る文字


【取材協力】
黒瀬
住所:東京都渋谷区渋谷2-14-4
TEL:03-5385-1313

石原たきび=取材・文

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