地元は病院、レペゼン病人
ひとたび病人になると、「病人らしくしろ」という同調圧力が働くとダースレイダーは指摘する。優しさや思いやりからくる「無理しないで」「休んでいて」という言葉も、バランスが少し変われば「病人にこれはできない」「病人は家で寝ていればいい」といったニュアンスに変わるというのだ。
「病気は元に戻す必要もないし、悪いことでもない。病気じゃない人と同じでただ流れの中にあるだけ。でも、病人に対する社会のネガティブなイメージはイカリのように作用して、流れを止めてしまうんです。
だから、僕はネガティブなイメージを逆転させたい。かつて、ニューヨークのマイノリティたちが自分たちの生き方をアートに育て上げ、世界中の価値観を逆転させていったように。
僕の地元は病院で、病院で苦しみや辛さを経験している仲間をレペゼンするのがヒップホップアーティストである僕の役割だと思ってます」。
そして2020年春、彼の地元や仲間の存在を社会が強く認識する出来事が起きる。
コロナで問われたのは何だったのか
2020年、世界は新型コロナウイルスという未知のウイルスと遭遇した。得体の知れないその正体が明るみになるにつれ、ダースレイダー自身も危機感を感じるようになったという。
「あの頃は毎日の生活が綱渡りでしたね。感染した場合のリスクもだんだんと分かってきて、もし感染すれば、基礎疾患がある僕が重症化するのは確実でした。重症化した知り合いも何人もいて、これはヤバいなと」。
とは言いつつ、普段から心構えができているダースレイダーが死を恐れることはなかった。
「誰だっていつ病気になってもおかしくないじゃないですか。コロナだけじゃない。癌を患うかもしれないし、自然災害に遭うかもしれない。自分も自分の家族も友達も、いつ病気になったって、いつ死んだって本当はおかしくない。
僕らみたいにもともと病気を持っていたらそれは当たり前のことなんだけど、多くの人はその当たり前を忘れちゃってる。失うものを意識するって、人生を豊かにすることでもあるから、コロナがその当たり前に気づく機会になるといいなと思って見てました」。
人生、本当にそれでいいのかを話し合えるチャンス
しかし、とダースレイダーは続ける。
「生きるというテーマとちゃんと向き合えたかどうかは個人差があって、できた人とできなかった人ではこれからの人生観に差が出るんじゃないかと思います。社会全体について言うと、せっかくの機会を活かせなかったんじゃないかな。
例えば、2020年と2021年前半まではライブやフェスが軒並み中止になりましたよね。感染を恐れるあまり開催の是非一点に議論が集約されて、何で音楽が大切なのか、フェスをやる意味や意義って何なの? っていうヨーロッパで見られたような議論にはならなかった」。
ほかにも、コロナに感染し重篤な状態になった家族に面会できない、最期に立ち会えない、葬式もできないという事態が起きたことは記憶に新しい。大切な人の死を弔うのは尊厳の問題で、それを許容できない状況に苦悩した医療従事者もいた。
「人生、本当にそれでいいんですかっていう本質的な問いをもっと、みんなで話し合えるチャンスだったんじゃないかなって思います」。
余命5年を宣告され死を覚悟してきたからこそ、ダースレイダーはコロナ禍の社会を冷静に見つめていた。
後編では、余命宣告で告げられた「45歳」を迎える日まで4カ月を切った今、ダースレイダーが積極的に取り組んでいることや、来たる「4月11日」について聞いた。
<後編に続く> ダースレイダー●1977年フランス・パリ生まれ、イギリス・ロンドン育ち。吉田正樹事務所所属。大学在学中にラッパーデビュー。所属するバンド「ザ ベーソンズ」の活動のほか、本や連載の執筆、YouTube動画の配信など精力的に活躍する。12月に出版されたばかりの新著『武器としてのヒップホップ』(幻冬舎)も絶賛発売中。
「37.5歳の人生スナップ」とは……
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。
佐藤ゆたか=写真 ぎぎまき=取材・文