「ゲンテンスティック」の創設者である玉井太朗に聞く“道具の話”。
前編・
中編では自身が手掛けるスノーボードについて伺ったが、最後は玉井が“自然と引き寄せられた”と語る道具について話してくれた。
氣が入っているモノには自然と引き寄せられる
中学一年生の夏、玉井は東京から大阪へ一人旅に出た。偶然目にしたヘラブナ用の釣り竿に心を掴まれたからだ。無駄のない美しさ、溢れ出る存在感。それは「孤舟(こしゅう)」という職人の作で、ぜひ、この人に会ってみたいと思ったのだ。
朝、面会の約束もなく工房を訪ねた玉井は、なぜ自分がここに来たのかを必死に話した。すると職人は少年を招き入れ、工房の隅に座らせた。
しかし丸一日座っていても何も話さず、ただ黙々と竿を作り続けている。玉井も、それをずっと眺めていたそうだ。やがて夕方になり、職人は奥から一本の竿を出して「これを使いなさい」と手渡してくれた。
帰り道、玉井は路線バスで琵琶湖を回りながら、ここぞと思った場所で竿を振った。竿はしなやかな弧を描き、小さなフナを引き寄せた。
東京に帰りそのことを周りの大人に話すと、とても驚かれたという。「孤舟」の銘が入ったその竿は高価で、子供が持つようなものではなかったからだ。玉井はその竿をいたく気に入り、折々に振り続けた。もちろん、今でも大事にしている。
孤舟のヘラ竿に限らず、玉井の周りにあるモノにはストーリーがある。簡単には言い尽くせないエピソードに彩られている。古いニューヨークの写真集、漆工芸の解説書、1960年代のファッション雑誌。
「たぶん、そういうモノから何かを感じているんだよね。さりげないモノでも、これはいいな、こっちがいいな、っていう感覚はある。理由はわからないけど、心が惹かれる」。
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