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「腰痛がサイン」の赤信号疾患もある

たとえばいわゆる「ぎっくり腰」(急性腰痛症)の場合、1週間以内に治るものがふつうですが、1カ月以上続いた場合は病院へ行くことをお薦めします。また、腰痛だけでなく脚がしびれてくる場合、神経痛がある場合にもぜひ専門医に相談してください。
実はわれわれ医師の間で、腰痛の症状を伴う赤信号疾患(Red flags)と警鐘を鳴らされている病気、たとえば「ガンや感染症」があります。腰痛だと思っていたら──というケースが、実はあるのです。
ただ、それでも腰痛の場合、あくまでも整形外科の疾患を想定してから心配をするべきです。しばしば患者さんご自身で、ネットなどで勉強されて腰痛から膵臓がんなどの内臓悪性疾患を疑い、青くなって内臓の精密検査を希望される方がいらっしゃいますが、なんといっても腰痛の場合、整形外科での診察とレントゲンやMRIでの検査が先決です。
また最近では、ガンではなくても、海外から来ている方で「結核」が原因で背骨が溶けている、というケースもありました。とくに、東南アジアなどではまだ結核が根治されていないため、要注意の場合があります。とりわけ、汗をかくとか、熱をともなって腰痛があるなどの「随伴症状」がある場合は要注意です。
しかしながらいずれにせよ、まずは整形外科専門医に相談されることをお薦めします。

「医師の書いた論文を読んで」クリニック選び?

ここで、患者さん側の意識の持ち方の「東西の違い」について、米国の例を挙げて少しお話ししましょう。日本で腰痛に悩まれる多くの患者さんの参考に、あるいはなるかもしれません。
私が2011年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校にいた頃、米国における「腰痛」への患者さんの意識が日本と違うことを感じました。
日本では、たとえば僕の論文を読んで、気に入って受診しにくる方はほぼいません。一方であちらでは患者さんが、医師が書いた医学論文を読んで診察を受けに来ることなどもありました。
多くはカルフォルニア州内の患者さんで、車で遠くから来院していました。一度など、なんと他州、それも遠方のアリゾナ州からサンフランシスコまで、わざわざへ飛行機で訪れた患者さんがいました。とても衝撃的であり、印象的でした。
今は、一般の方にもアクセス可能なオープンソースの論文(しかも日本語で書かれたもの)も多いですし、自分の病気に興味を持って調べ、医師選びをする、ということができる時代になっています。日本の患者さんも、米国的なアプローチに学んでもいいかもしれないと思います。
ちなみにサンフランシスコでは、医師側の健康意識も高かった。たとえば夜、飲み会をする代わりに、日曜朝10時、屋外のプールに集まって泳ぐのが慣例だったり。僕も元オリンピック選手が経営する、屋外の絶景会員制プールに連れていってもらったことがありました。
健康や体型シェイプアップのために、1時間かけてロードバイクで通勤する医師たちもいました。オンの日に関してもとにかく朝が早く、医師たちのカンファレンスは6時半からだったし、研修医は5時くらいから働いていました。
こんなふうに医師側も健康志向が強く、僕自身も学ぶところは大きかったですね。
Thomas Barwick/Getty Images
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「コンドリアーゼ」という新薬

実は腰椎椎間板ヘルニアに関しては、日本で開発された画期的新薬があります。2018年3月に厚生労働省が製造販売を承認、5月に保険適用した「ヘルニコア(一般名:コンドリアーゼ)」です。
使用法としては、局所麻酔をした上で椎間板内に注射します。薬剤の効果で椎間板内の髄核を適度に加水分解し、突出したヘルニアを減圧することが可能です。日帰りもしくは一泊で治療を行います。
内服薬やコルセットなどによる保存治療を十分に行ったものの、治療効果が得られなかった場合に適応としています。
GettyImages
従来の医療技術では、手術以外の治療方法で、突出したヘルニアを「へこませる」、「形状を変える」ことはできませんでした。その点、コンドリアーゼは、「ヘルニアの形を変える」手法として大変画期的です。これまでに1万3000人以上に使用され、多くの施設から7〜8割近い効果が得られたことが報告されています。私が担当した慶應義塾大学病院のデータでは、6カ月で80%以上の方の症状が改善しています(※注3)。
腰椎椎間板ヘルニアの中でも「後縦靭帯下脱出型」といわれる患者さんに適応する薬剤で、すべてのタイプのヘルニアを治療可能なわけではないものの、適応する患者さんにとっては、手術を受けず「1回の注射」で高い治療効果が期待できるため、手術以外の有用な選択肢となりえるでしょう。
またコンドリアーゼは、完全な「メイドインジャパン」の技術であることも重要です。現在は、米国やシンガポール、韓国などに進出しようとしているフェイズです。これが広く受け入れられれば、いわば日本の「国益」ともなりえる点でも、注目される技術といえると思います。
 
(※注1)岡田英次朗医師らによる以下の論文がある(無料ダウンロード可能)
Okada E et al. Disc degeneration of cervical spine on MRI in patients with lumbar disc herniation: comparison study with asymptomatic volunteers. Eur Spine J. 2011 Apr;20(4):585-91. doi: 10.1007/s00586-010-1644-y. 
(※注2)
抗酸化剤「Nアセチルシステイン」臨床試験(治験)参加希望の場合、連絡先は以下:
〇担当:慶應義塾大学整形外科教室 秘書 脇田希恵/研究責任者 渡辺航太/実務担当者 鈴木悟士
〇電話:03-3353-1211(代表)
〇臨床試験対象者:腰痛があり、中等度の椎間板変性を有する(MRIで審査)20歳以上65歳未満
〇試験の内容:24週間、プラセボ錠を含む薬剤を服用し、服用開始前後でMRI撮影をする。
(※注3)岡田英次朗医師らによる以下の論文がある
Eijiro Okada et al. The effectiveness of chemonucleolysis with condoliase for treatment of painful lumbar disc herniation  Orthop Sci. 2021 Jul;26(4):548-554. doi: 10.1016/j.jos.2020.06.004. 
 
石井節子=構成

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