世界的な腕時計の展示会「ウォッチズ&ワンダーズ」が4月にオンライン開催されたことにより、時計ブランドの2021年前半の新作はほぼ出揃った。
昨年、コロナ禍を理由に大物モデルの発表を回避したブランドが少なからずあったこともあってか「2021年はかなりの豊作」というのが時計ジャーナリストの共通認識だ。
今年はこれまでにない、数々の新テーマが目についた。そのひとつが「SDGs」。
カルティエが主力モデルのタンクに、ソーラー発電クオーツムーブメントを搭載したモデルを発表したことは大きな話題となった。また、さまざまなリサイクル素材を用いた新作が発表され、これまでにもあったバンドの素材のみならず、ケースに使われる金属素材もリサイクルで調達するブランドまでお目見えしている。
一方、ここ数年続くテーマである「文字盤の進化」は今年も継続。ムーブメント競争がかなりのレベルにまで達した今、次なる矛先として文字盤の仕上げレベルの向上、カラーバリエーションの充実を図るブランドが増えてきたのは当然の流れだ。
数年前からよく目にするようになったブルーダイヤルはすでに定番の域に達し、続く色として、グリーン。さらには赤も見かけるようになった。
そうしたなか、セイコーがスケートブランド「エヴィセン スケートボード(EVISEN SKATEBOARDS)」とのコラボモデルとして、スゴいものをぶっ込んできた。
そう。マグロ!
赤い文字盤を斜めに横切る「サシ」は、逆回転防止機能付きのベゼルにまで施されており、回転させることで文字盤とベゼルのサシがジャストフィットする。
この瞬間がなんとも気持ちがいい。これにより、見まごうことなきマグロの切り身が完成するデザインになっている。
この時計を「ふざけている!」と一蹴するのは少し待ってほしい。
ぼくは、このモデルには、いくつかのメッセージが込められているのだと睨んでいる。確かに、これまで、セイコーはエイプリルフールに「せんべい文字盤」のモデルを発表するなど、笑いと話題を呼んできた。
“マグロ”が発表されたとき、ぼくがカレンダーに目をやったのも事実だ。しかし、今回は、そうしたものとは一線を画すとぼくは信じて疑わない。
注目すべきは、なんと言ってもトレンドの見事なまでの取り入れ方にある。
赤い文字盤は、まさに今後注目を集めるであろうジャンルだ。そして、SDGs。現在、クロマグロを筆頭に、多くの種類のマグロが国際自然保護連合から「絶滅危惧」の指定を受けており、資源保護の取り組みは待ったなしの状況にある。
日本の文化を大切にしつつ、この社会問題とどう取り組むべきなのか。この時計を腕にすることは、そうした意識を高めることにつながるだろう。
そして、このモデルを出したのがセイコーであるということも見逃せないポイント。セイコーといえば、本格ダイバーズウォッチの金字塔“ツナ缶”を思い浮かべる人も多いはず。
1975年に発表されたその独特なデザインは、世界的にも高い評価を得ており、今やセイコーのひとつの象徴でもある。“ツナ缶”のブランドが世に送り出す“マグロウォッチ”は、レガシー的にも十分に整合性があるではないか。
この“マグロウォッチ”は、まさに今という時代と、今年140周年を迎えるセイコーの歴史が交差した瞬間に生まれた奇跡なのだと思う。
マグロを愛し、マグロの未来について考える。そのきっかけに、この腕時計がなるのだとしたら、どんなに素晴らしいことだろうと、ぼくは考えるのである。いや、まじで。
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