さて並んだ2本の腕時計、違いはどこ? そんなクイズができそうな「スピードマスター」の新作が登場した。
よほどのマニアでない限り、現行モデルとの違いをすべて挙げるのは無理だろう。だがその微差こそ「スピードマスター」の哲学であり、宿命なのだ。
「スピードマスター」は、人類が初めて月面に降り立ったときに着用された「ムーンウォッチ」として広く知られる。それはオメガというブランドのみならず、腕時計史に残るクロノグラフの金字塔。
そして新しい「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」は、この偉業を達成した1969年の第4世代をベースにした。
現行モデルとの変更点を挙げれば、’68年から’71年にかけて採用されたアーチ型リンクのブレスレットや1/3秒刻みのスケール、クロノグラフのプッシュボタンとリュウズの形状など。
さらに細かく見ていけば、先端がカーブを描く分針とクロノグラフ秒針や、タキメーターの70と90の数字とドットの位置関係、ロゴのサイズバランスなど重箱の隅をつつくようできりがない。
だがそうした細部の集積によって全体の質感はより増している。そしてマニアックな完成度だけでなく、性能面でも大きな進化を遂げた。’60年代後半の発表以来、ほぼ原型をとどめてきた伝統の手巻き式ムーブメントを刷新したのだ。
脱進機にはコーアクシャルを採用し、主要パーツをシリコンや新素材に変更。精度や耐衝撃性の向上とともに、1万5000ガウスの高耐磁性は最新の品質規格のマスタークロノメーター認定を取得し、パワーリザーブも2時間延ばして50時間になった。半世紀以上の歴史を誇る「スピードマスター」は、クルマにたとえれば「ポルシェ911」だろうか。
現在、第8世代になる「911」の偉大なところは、新型が発表されるたび、新たなデザインを採用するにもかかわらず、誰もが「911」だと認識できるところだ。その点においては、ヴィンテージデザインを踏襲する「スピードマスター」とは異なるかもしれない。
だが両者に共通するのは、いつの時代も最新技術を取り入れ、飛躍的な進化を遂げてきたことだ。そのブレない信念と情熱が男心を虜にする。言うならば連綿と続く系譜の下、写真の2本の時計は同じように見えてもまるで別物である。それは決して小さくはない、偉大な一歩ということだ。
清水健吾=写真 来田拓也=スタイリング 柴田 充=文