宇宙を実験場に、未来のアイデアを提示する
—新しい技術思想というと、有人小惑星探査ロケットのデザインもそうですが、山中さんは様々な研究者や企業と連携しながら、先端技術を具現化するプロトタイプを制作し、発表されてきました。はい、なかでも近年は私が教授を務めている東京大学生産技術研究所では3Dプリンタを社会に実装していくことの一環として、義肢装具士や義足メーカー、スポーツ選手たちとともに義足プロジェクトに取り組んできました。
—なぜ義足だったのでしょう?ある日、映像で義足のアスリートの走りを見たとき、人と人工物の究極の関係、機能美の一つがスポーツ用義足だと思った瞬間があったんです。その後、実際に選手たちの義足を見たところ、工業製品としてはまだまだ未完成なものだったので、研究として始めてみました。
—義足をデザインする上で3Dプリンターにフォーカスした理由とは?3Dプリンターが登場した際、製造の現場に革命を起こすと言われてきましたが、実際はそのほとんどが動きのない小さなプロダクトの範囲に収まりがちでした。
もちろん模型などを作る際にはとても便利なものなので、デザイナーにとって3Dプリンターは身近な存在ですが、私たちの生活にはなかなか届いていないでしょう。その現状を見つめながら、何か可能性はないかと考えたときに、3Dプリンターの特徴のひとつ「マス・カスタマイゼーション」に可能性を感じたんです。
つまり一人ひとりにフィットするものを作る、それも低コストでというときに、3Dプリンターの生産システムには大きな可能性がありました。
—確かに足の状態や形は、一人ひとり違うものです。まさに義足は義肢装具士が一つ一つ丁寧に調整しないと使えません。それには時間もお金もかかる。そこで生産技術研究所は、長年培われてきた義肢装具士のノウハウを取り入れながら、3Dプリンターを活用して人それぞれの足に即した義足をたくさん作ろうというアプローチをしました。
3Dスキャンした足のデータからフィットするソケットを自動作成するCADシステムがあれば、時間とお金を大幅に節約することができますから。今回は義足プロジェクトとなりましたが、この一人ひとりにフィットするものづくりの探求というのは、私たち自身がなんとなくこれでいいと選択してしまっている生活を変えるきっかけにもなります。
—なんとなく選択している生活とは?私たちは洋服でも家具でも市販品を買うときというのは、ある程度の幅のあるサイズのなかから、これが自分に合うと感じるサイズ感のものを選んでいます。それは言い換えると、オーダーメイドをしない限りは自分にジャストフィットするものは存在しない社会ということでもあります。という視点に立ったときに、宇宙という環境で実験できることはたくさんあると思うんです。
例えば宇宙機は量産品には決してならないので、その宇宙機に搭乗する人間の身体にとことんフィットする椅子を作るとか、何かそういう挑戦もできると思うんです。私自身、そういうデザインをやってみたいですね(笑)。
—ぜひやってください(笑)。ひとつずつ未来の解決策となるアイデアを自由に提示していく。宇宙がよりそうした実験場になれたら、おもしろいと思います。
Profileデザインエンジニア山中俊治YAMANAKA Shunji1982年東京大学工学部卒業後、日産自動車を経て、1987年フリーのデザイナーとして独立。1994年リーディング・エッジ・デザインを設立。2008~12年慶應義塾大学教授、2013年より東京大学教授。デザイナーとして腕時計から鉄道車両に至る幅広い工業製品をデザインする一方、技術者としてロボティクスや通信技術に関わる。近年は「美しい義足」や「生き物っぽいロボット」など、人とものの新しい関係を研究している。
取材・文:水島七恵
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