寅次郎も愛したディテールへのこだわり
安藤 僕が寅さんの作品をしっかり、第1作から観始めたのは40歳になってからなんです。実はそれまでちゃんと観たことがなかった。僕の周りにいる先輩たちはみんな寅さんを好きだというから、半分疑いながら観始めたというのが本音です。
すると不思議なもので、なんだかとても格好良く見えてくるんですよね。
広田 それすごくわかります。寅さんは年中バカなことをやっている。でも、不思議とその立ち居振る舞いすべてが格好いい。座っていても、歩いていても、なんだか様になっているというか。
安藤 そうそう。
広田 その理由のひとつとして、僕は彼の腕時計が重要な演出をしていると分析しています。それが、今回復刻された「セイコー1965メカニカルダイバーズ」。150m防水性能を誇る、いわゆる本格機械式時計です。僕はこの時計が、寅さんと”社会とのつながり”、つまりある種の社会性を象徴していたと思うんです。
安藤 その時計の勇姿を確認するのに打ってつけなのが第5作『男はつらいよ 望郷篇』です。夏の物語なので寅さんもジャケットを脱いでる。だから、時計がよくわかります。
安藤 寅さんが着けている初代セイコーダイバーズは本来トロピックバンドが付いているわけですけど、そこをブレスレットに変更して着用していたところが、またぐっとくる。
広田 確かに、発売当時に装着されていたTROPIC(トロピック)と呼ばれるファブリック調のラバーベルトでは、寅さんの腕元には軽すぎる印象ですね。
安藤 寅さんがしていた時計の現物って見ました?
広田 いや、見てないです。
安藤 ケースや風防、ブレスレットに至るまで本当にボロボロなんですよね。僕はあれ、わざとボロボロにしたんじゃないかって思うんですよ。寅さんの人物像を踏まえ、武骨さやこなれ感を出すために。
広田 “生活感”というリアリティに徹底的にこだわり抜いたんですね。寅さんの映画の中で使われている時計は、ホントに考えられている。
桂梅太郎演じるタコ社長が着けていたのは確か、シチズンの「クリスタルセブン」という時計だったと思いますが、これは風防に国産初のクリスタルガラスを採用した、デイデイト表示が付いているものです。
安藤 寅さんとの掛け合いに気を取られ、タコ社長の腕元までは目が行き届いていなかったです(笑)。
広田 その時計は当時の中小企業を経営するオヤジたちに愛されていた時計です。このあたりにもリアリティを追求する、山田洋次監督やスタッフのこだわりが見て取れますよね。
安藤 実は僕は今日、寅さんにオマージュを捧げるために、ダボシャツ風のを着てきたんですよね。
広田 ホントだ! 言われて気付きました。ダボシャツって今でも売ってるんですね。
安藤 祭り用品店などで販売されていますよ。このシャツはあくまで“風”で、実際はマウンテンリサーチのだけど(笑)。広田さんもダボシャツを着たほうがいいんじゃないですか?
広田 またそんなこと言って(笑)。
安藤 というわけで、「映画と腕時計の親愛関係」について紐解く第1回目はいかがでしたでしょうか。
広田 車寅次郎という男について、改めて理解できるいい機会となりました。そして寅さんという人物は、確かな格好良さを備えた男だということを実感しました。
安藤 そうなんですよね。寅さんの格好良さは、ある一定の年齢になって初めてわかる格好良さとでもいうんでしょうか。
広田 時計を切り口にして作品を違う角度から楽しむ。楽しいですね。次は誰について話しましょうか?
第2回目をお楽しみに!
「時器放談」とは……
マスターピースとされる名作時計の数々。毎回、こだわりの1本を厳選し、そのスゴさを腕時計界の2人の論客、広田雅将と安藤夏樹が言いたい放題、言葉で分解する。
上に戻る 鳥居健次郎=写真 安部 毅=文